フォト
2017年6月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  
無料ブログはココログ

リンク

« 2012年4月29日 - 2012年5月5日 | トップページ | 2012年5月13日 - 2012年5月19日 »

2012年5月6日 - 2012年5月12日

2012年5月12日 (土)

長くなりましたので、こちらに

 こんにちは、オコジョです。

 前の二つのコメントは「本日は晴天なり、本日は晴天なり」的なところがあったために、どうも千切ってぶつけるような書き方になってしまったようです。
 失礼な印象の文章になっていましたら、申し訳ありませんでした。変換間違えに気づかなかったり、恥ずかしい次第です。
(トラックバックの重複が2つもあって、これもみっともない。お手数で恐縮ですが、可能なときに一つずつ削除していただけますでしょうか)

>> もし、HRWに代表されるような人権擁護NGOsの本質を
>>問題にされるのでしたら、私のような市井の一老骨など
>>を相手にするのではなく、

 「相手にする」つもりは、少なくとも今のところは、まったくありません。
 師匠にお伺いをたてて、見解のほどをお聞きしているという段階です。
 自分自身、はっきりした自信をもっていない「モノの見方」について、藤永さんからの“同感”があれば、心強いと思うばかりです。
 こういう心のありかたは「われ一人ゆかん」という態度に比べて、なんとも情けないかぎりではあります。そこは、きちんと自覚しないといけないでしょう。
 ただ、多勢に無勢というか、こちらの感じ方が少数派であるのは事実だと思います。多少の弱気は、いきなりの克服は無理だと勝手に考えておくことにしています。

 ひとつだけ申し上げれば、前回のブログにおける藤永さんの書き方は、組み立てとして「アリソン・デフォルジュ→○」「イマキュレー・イリバギザ→×」になっているように受け取られるということです。

>>アリソン・デフォルジュという高名な人権擁護運動家が
>>Human Rights Watchというこれまた良く知られたNGO組織
>>の報告書として出版した

>>もし近似的にでも真実を知りたければ、せめてアリソン・
>>デフォルジュ( Alison Des Forges ) の『Leave None to
>>Tell the Story』を覗いてみて下さい。

 すぐ上の「せめて」という表現などにも見られるように、藤永さんとしては“無条件に肯定はしていない”というニュアンスを看取するように求められていらっしゃるのかもしれません。
 また、「高名な」や「これまた良く知られた」という表現に最大限の皮肉を読み取ることも確かに可能ではあります。

 ただ、“『生かされて。』否定論”としての文章全体の組み立てからすると、最終的には、ヒューマン・ライツ・ウォッチの活動家であったデフォルジュに依拠する形になっていることも否定できないのではないでしょうか。

 “「敵」は言うまでもなく「味方」の言説ですら、そんな主張は支持していない”という議論の組み立て方も、もちろんあります。
 しかし、藤永さんの前回の記事は、そういう議論にはなっていないと思います。

 私としては、ちょっと心配になって、ヒューマン・ライツ・ウォッチをどう把握されているか、お聞きしたくなった次第です。

 『人道的帝国主義』(ジャン・ブリクモン 新評論 2011年)の中で、著者はこんなことを書いています。

イラク戦争が始まったとき、ヒューマン・ライツ・ウォッチ、アムネスティ・インターナショナル、その他のNGOは「交戦国」(これ以上ない中立的な用語)に対して戦争法を守るよう強く訴えた。しかし、国際法に照らして、「戦争それ自体の非合法性」については、また、戦争を仕掛けた側が犯した「極度の罪」については、ただの一言も触れていない。これらの組織は、言ってみれば、レイプ犯にコンドームを勧める人間の立場にいる。ゼロよりましかもしれないが、力関係を考えれば、コンドームなど使われることはないのだ。人権を名目にした介入イデオロギーは平和運動と反帝国主義運動をつぶすのに完璧な働きをした。

 「訳者あとがき」の中で、翻訳者の菊地昌実さんは「決めつけるのは、彼一流の皮肉な論法だが、もちろんそう言うだけで、この問題が済むはずはない」と論評しています。
 まったく違うのではないか。
 ブリクモンのそれは「皮肉」というようなレベルの議論ではなく、本のテーマそのもの、核心そのものなんじゃないか、と私は思いました。

 訳者の論評の背景には、ヒューマ・ライツ・ウォッチが一般に高く評価されている事実があるのでしょう。無力な私は怒りを募らせるばかりです。

 そういえば、『Fools' Crusade』のダイアナ・ジョンストンさんが、こんなことを書いています。

It is remarkable how "genocide" has become fashionable, with more and more "genocide experts" in universities, as if studying genocide made sense as a separate academic discipline. What would all these people do without genocide? I wonder what is behind the contemporary fascination with genocide and serial killers, and I doubt that it is a sign of a healthy social psychology.

 ほんとうに、「universities」の学者さんやら、HRWをはじめとする人権派NGOやら、彼らは自分たちの存在理由のためには、心底では「人権侵害」が解決・解消してしまっては困ると思っているのではないでしょうか。

 問題を外に探しに出かける前に、自分たちの国で行われている人権侵害に向き合ってはどうかなのと、さらに怒りは募るのでした。

「人道的介入」問題・資料編

「ラチャク虐殺」に関して

 ラチャクで起こったのは、セルビアによる「民族浄化」の虐殺などではなかったということ、空爆を実現するための「でっち上げ」だったことが、明らかになっています。
 セルビアの軍や警察が、コソボに住むアルバニア系一般住民を迫害していたというイメージが流布されていますが、意図的・組織的に広められたウソです。空爆前から、コソボ解放軍(KLA)を名乗るアルバニア系の武装集団が米国の支援を受けて暗躍していたという実態があります。
 米国はこの組織を、それまで「テロリスト」に分類していましたが、ユーゴ解体のために活用できると気づいてからは、別働隊として様々な工作をさせるようになりました。
 その一つが「ラチャク虐殺」であり、その背景について「ユーゴ戦争:報道批判特集」に以下のような記述があります。

  http://www.jca.apc.org/~altmedka/ron-36-pl2.html

 私はワシントンでラチャック村虐殺事件の調査を進めるうちに、そのことを示す爆弾証言を諜報筋に近いある政府関係者から入手した。絶対にオフレコを約束した手前、ここでは彼をBと呼ぼう。

 Bは言う。

「ラチャック事件は完全なセットアップだった。あの虐殺事件が起きる前、国務省の高官がKLAのリーダー、ハシム・タチに電話を入れている。そこで彼は、虐殺事件をひとつデッチ上げてくれ、とタチに依頼したのだ。虐殺事件らしきものが起きれば、空爆をチラつかせてミロシェピッチを脅し上げ、ランブイエ交渉にユーゴを引きずり出す大義名分ができるからだ」

 以下、経緯を同じシリーズより引用します。共同通信からの配信です。

  http://www.jca.apc.org/~altmedka/ron-25-kyo.html

 1999.03.10.「セルビア側の報告書は40遺体のうち37遺体から、銃を撃ったことを示す化学物質が見つかったほか、すべての遺体の傷が、処刑の際にみられる至近距離のものではなかったと指摘」。

 1999.03.16.「ユーゴスラビアの政府系紙ポリティカは、[中略]欧州連合(EU)調査団が、事件は虐殺ではなく、セルビア警官との銃撃戦によるものだという報告書をまとめた、と伝えた」。

 1999.03.17.「欧州連合(EU)調査団は17日、州都プリシュティナで、ユーゴ側の虐殺かどうかを断定できなかったとする最終報告書を発表した。[中略]会見したランタ調査団長は、[中略]適当な司法機関による調査を待つべきだと述べた」。

 この「会見」の一週間後、「適当な司法機関による調査を待つ」ことなく、空爆が開始されたのです。

 状況証拠をつぶさに検討するとKLA(コソボ解放軍)がセルビア警察軍との戦闘で死んだ戦闘員の死体をひとつの場所に集め、虐殺現場をセットアップしたとしか考えられないのである。

「絶滅収容所」に関して

 『人道的帝国主義』P.117から、ベルナール・クシュネルとアリア・イゼトベゴビッチとの対話を引用します。

 コソボへの介入に先行して、ボスニア・ヘルツェゴビナの紛争がありました。ここから、セルビアを悪魔化するキャンペーンが始まっています。
 イゼトベゴビッチは、この紛争時のボスニア側指導者で、後の国家元首。晩年に心臓病をわずらって、政界を引退し自宅療養していましたが、2003年になくなりました。
 その、病床でのインタビューです。
 クシュネルは、ジャーナリスト・医師・政治家。その後離脱しましたが、「国境なき医師団」の設立者の一人です。
 会話の中に出てくる地名「オマルスカ」は、「(セルビア人による、ボスニア・クロアチア人の)絶滅収容所」があるとされたボスニア北部の町です。

 以下、会話の主体が分かるように変更してあります。
 クシュネルは「クシュ」、イゼトベゴビッチは「イゼト」と表記します。

クシュ「ミッテラン大統領の訪問のことを覚えていますか」
イゼト「今も感謝しております」
クシュ「ミッテランとの対話の中で、あなたはボスニアの「絶滅収容所」のことに触れ、記者たちの前でもそれを繰り返した。それで、世界中が大騒ぎになりました。ミッテランは私をオマルスカに派遣し、われわれは他の監獄の中にも入りました。恐ろしい場所でしたが、組織的な絶滅は行われていなかった。ご存じでしたか」
イゼト「知っていました。私の暴露が空爆を早めるかもしれないと思っていました。フランスとその反応を見ていました。[……]私は間違っていました。(中略)たしかに恐ろしい場所ではあったけれど、絶滅収容所はなかったのです。」
(『平和の戦士』 ベルナール・クシュネル 2004年)

 この会談については、以下の記事にも言及があります。

  Srebrenica Revisited by DIANA JOHNSTONE
  http://www.counterpunch.org/2005/10/12/srebrenica-revisited/

 この記事は、全文を引用したいところです。ぜひ参照してみてください。
 以下に、ほんの一部を引用します。

The subliminal message in the official Srebrenica discourse is that because "we" let that happen, "we" mustn’t let "it" happen again, ergo, the United States should preventively bomb potential perpetrators of "genocide". Whatever happened in Srebrenica could have best been prevented, not by U.S. or NATO bombing, but by preventing civil war from breaking out in Bosnia Herzegovina to begin with.
(スレブレニツァについての公式見解に内在するサブリミナル・メッセージは、こうだ。“「われわれ」はそれが起こるのを許してしまった。「われわれ」は、再びそれが起きることを許してはならない――故に、米国は「ジェノサイド」を犯す可能性のある者たちの上に予防的に爆弾を浴びせるべきである”
 スレブレニツァで何が起きたにしろ、それを最も望ましい形で阻止できた筈だったのは、米国やNATOによる空爆などではない。そもそもの初めに、ボスニア・ヘルツェゴビナで内戦が勃発するのを阻止しておけばよかったのだ)

The notion that war can be made "clean", played according to rules, should not be the main focus of international law or of peace movements. War first of all needs to be prevented, not policed.
(戦争は“きれいに”行うべきだとか、ルールに従って進めるべきだとか、そんなことが国際法や平和運動の関心の第一になってはならない。戦争というのは、まず避けるべきもので、政治化するべきものではない)

「ランブイエ合意」に関して

 「ランブイエ合意」は、1999年3月18日に交わされたコソボ紛争の処理にかかわる多国間協定です。アルバニア、アメリカ、英国の代表は署名し、セルビア、ロシアは署名を拒否しました。交渉打ち切りということになり、空爆が開始されます。
 『人道的帝国主義』では、米国・NATOに交渉をまとめる気持ちはもともとなく、空爆を正当化するためのジェスチャーに過ぎないと論じています。
 以下、P.229からの引用。

軍事主義とかNATO寄りからはおよそ縁遠い週刊誌『チャーリー・エブド』(第三五八合、一〇ページ)にはこうある。西欧は「あらゆる外交手段を使い果たし」た上、「これ以上ない礼儀」さえも尽くし切った。では、イデオロギー上の大宣伝に乗り出す前に、テクストそのものを読めば、どうか。たとえば、ランブイエ合意を見てみる。
 この合意の最も重要な面は、「協定を施行する他国軍の地位」にかかわるものだ。そこで確認できるのは、次のことである。「NATO軍のスタッフ、車両、船舶、飛行機および装備はユーゴ連邦内の自由かつ無制限の通過と、空中・河川空間への支障なき立入りを認められる。さらに、野営、操作、宿泊、支援、訓練、作戦に必要な場所と便宜の利用の権利もそこに無制限に含まれる」(第八条)。これがコソボだけでなく、ユーゴ全領土にかかわることに注目したい。NATO軍は無償でユーゴ全土の空港、道路、鉄道、港湾、通信施設を利用できる(同11項と15項)。NATO軍スタッフはユーゴ当局によるあらゆる追跡・調査から保護される(同6項と7項)。また、協定の他の部分には、奇妙な細目、たとえばコソボ経済が原則的に自由市場の支配を受けるという項目も見られる(第一条4a章)。これは「自由市場」の要求を意図したものだが、しかし(たとえば)コソボ鉱山の民営化が交渉もせずに平和協定に組み込まれると主張することは、まず無理だろう。
 ここで、一連の疑問が次々と出てくる。まず、丸ごと呑むか呑まぬかと「提案された」こうした案をいったいどこの主権国家が(空爆の威嚇の下で)受け入れるのか。答えは明白だ、どこにもありえない。この協定は、降伏した国に押しつけられる類の合意である。次にNATO各国を代表するプロの外交官たちが、ランブイエでの自分たちの提案が却下されるのを予測できなかったなど、本気で信じられるだろうか。これもありえない。最後に、何百人ものジャーナリスト――その中にはNATO寄りとは一番考えにくい記者たちもいたのに――によって、この不公平な協定はあらゆる外交手段を尽くした結果であるとか、聞き分けのないユーゴスラビアに対しては爆撃だけが「コソボ人を守る」とか、そうした言説がたえず繰り返し報じられる事態はなぜ生じたのか。実は、(コソボの自治にかんする)提案の民事的部分については、ユーゴスラビアはほとんど合意していた。問題は軍事的部分にあった。しかし、西欧側がそこで要求していた内容を見れば、これをユーゴスラビアが受け入れなかったのも驚くには当たらない。

 「憎まれ愚痴」のサイトでは、この間の推移について、さらに詳しい解説をしています。
 上に引用した条文は、実は交渉の最終段階になって急遽追加されたものだったのです。
 つまり、この条文がまだ入っていない協定に関しては、ユーゴスラビアの方では受け入れるつもりがあったのに対して、アルバニア側が署名を拒否して交渉を引き延ばしていた。
 ところが、最後になってオルブライトがやってきて、条文を追加するとアルバニアもすぐに署名する。追加された条文はとうてい受け入れることが出来ない内容なのでユーゴ側は拒否する――結果的に、ユーゴが合意を拒否したという事実が作られ、空爆が可能になるわけです。
 以下、原文を引用しておきます。

  「憎まれ愚痴」
  http://www.jca.apc.org/~altmedka/ron-36-pl2.html

 当初、連絡調整グループが作り上げた草案は基本的にコソボの自治権に関するものだった。交渉はこれを叩き台にして進み、期限の20日にはユーゴ側は合意を受け入れるつもりでいた。が、最終日がきてもKLAのハシム・タチを含めたアルバニア代表団は合意文書への署名を拒否し続けた。

 そしてその日、それまで交渉に参加していなかったオルブライトがランブイエに到着する。彼女は即座に交渉を3日間延長させ、アルバニア側との折衝に入った。事態が急展開したのはその2日後である。オルブライトは合意文書に新たな事項を付け加えてきたのだ。それを一読したユーゴ代表団は愕然とした。

 ここにアネックスBと呼ばれる追加事項の問題の部分を要約して記す。

「NATO軍はユーゴ連邦全域を自由に制限を受けずに移動でき、いかなる場所、施設をも、その後方支援、訓練、作戦のために使用することができる。また、NATO軍の人員による犯罪行為はユーゴの法律で裁くことはできない」

 敗戦国でない限り、このような文書にサインする国は世界のどこを探してもないだろう。太平洋戦争勃発を前にアメリカが日本に叩きつけたハル・ノートのようなものだ。こんなものに署名すれば、NATO軍の部隊に大統領府から書類をごっそり持ち出されても、それどころかミロシェビッチを殺害されてもユーゴ政府はなんの文句も言えないことになるのだ。そもそもなぜコソボの平和実施部隊がユーゴ連邦の領内(セルビアとモンテネグロ)を自由に移動する必要があるのか理解に苦しむのは私だけではないだろう。

 上記は、『週刊プレイボーイ』に連載された記事だとのことですが、週刊誌ジャーナリズムとバカにしてはいけません。センセーションをねらったいい加減な記事などではなく、裏づけをとることも可能な事実に基づいています。
 Wikipediaにも"Rambouillet Agreement"についてのページがあります。

  wikipedia "Rambouillet Agreement"
  http://www.sccs.swarthmore.edu/users/08/ajb/tmve/wiki100k/docs/Rambouillet_Agreement.html

 この中には、政府高官の次のような言葉も出てきます。

A republican foreign-policy aide later told a think tank that he'd heard a US official say: “We intentionally set the bar too high for the Serbs to comply. They need some bombing, and that's what they are going to get.

西欧の特権に関して
 『人道的帝国主義』P.115 よりの引用。

新しい知的勢力の基本的な考え方は単純である。民主的権利と人権は他のどこよりも西欧で尊重されており、これを人類の他の部分に広げるようにするのが、われわれの権利であり、義務でさえある、という考えだ。

2012年5月 7日 (月)

政党の名前づくし

 現在、「人道的介入」について書いているところです。
 当然のこと、大した水準のものではありませんが、ひと様の目に触れて失礼じゃない程度まで持って行くのには、もう少しかかりそう。
 なんと言ってもブログですから、このあたりで、気分転換の書きなぐりをさせていただくことにしました。

 政党の名前のアホづくし、です。

 「みんなの党」
 これは、翼賛政治に憬れている(のに仲間入りできない)輩のあつまりでしょうか。
 政党を英語で言えば、partyですよ。partにつながる言葉ですから、当然「部分」であるのが政党。
 同じ考えを持った仲間が、自分たちのその考えを実現しようとして作るのが政党のはずでしょうが。
 人それぞれ考えは違うはずで、「みんな」の考えなんか代表できるはずがない。出来ないことを標榜するのは、嘘つきということだと思います。

 「新党改革」
 これは、また見事というしかありません。「新党」と「改革」とは。
 この人たちは、この先10年、20年と志を貫いていくつもりなんてないんでしょうか。
 「政党助成金」ほしさに、この先も離合集散を繰り返していくって宣言しているようなものです。政党が新しいことが、国民にとって何のメリットになるのか。
 それこそ、雨ニモマケズ・風ニモマケズに、活動を継続していくのが政党だと思うんですけど――。
 当選した途端になくなってしまうような政党に、投票するものの気持ちを想像できないのかなあ。
 「改革」。政党って言うのは、基本的に「改革」を目的にするものだと思います。そうじゃなかったら、わざわざ徒党を組む必要なんかありませんから。
 問題なのは、何をどう「改革」していくかです。それを政党名としてかかげないのでは、うちの政党名は「政党」です、って言ってるのと同じ。

 「国民新党」
 上に書いたことの、まさに例証になるのがこの集団でしょうか。
 実現すべき「理想」が共有されていたら、あんなみっともない真似はしなかったはず。
 それにしても、党是に反した党員が除籍されるというのが通常のパターンですから、代表が解任されてしまうとは――。
 甘いルックスとはなかなか言い難い亀井静香ですが、こうなるとそのオマヌケぶりが、結構かわゆく思えてきます。
(勝手ついでに勝手なことを申し上げれば、亀井氏の風貌は、人に不快感を与えるたぐいのものではありません。それに比べて、ますぞえ要一は顔が怖すぎます。私の場合、ほとんど恐怖感のようなものまで感じてしまいます。これはあまり一般的な感性じゃないんでしょうか。投票する人がいるんですから。不思議です)
 ちなみに、亀井静香はチェ・ゲバラを尊敬していて、事務所に肖像を飾っているとか。

 とはいえ、日本は「新党」のオンパレードでした。
 さらに、
 「新党きづな」
 「新党大地・真民主」
 「新党日本」

「たちあがれ日本」。
 要するにご老人の集りなんでしょうね。なんか、命名の主の密かなコンプレックスを感じさせてしまうような党名です。
 When was your last election?
 と聞かれて、むきになって「Oh, this morning, this morning!」と答えるような人でしょうか。
 すいません。でも、どうしてもそんな連想をよびおこしてしまう党名です。
 “たちあが”るべき「日本」となれば→国体→天皇→朕、というのが相場ですし。
 差別的発言になる?
 差別を石原慎太郎に独占させる必要もないと思うのですが、いかがでしょう。

« 2012年4月29日 - 2012年5月5日 | トップページ | 2012年5月13日 - 2012年5月19日 »