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2012年7月8日 - 2012年7月14日

2012年7月12日 (木)

「大阪維新の会」は「麻生太郎」か「東国原」か

 古今東西、国づくりの基本は「教育」でした。
 教育を破壊しようとするのは、国を破壊しようとしているのに他なりません。

 大阪維新の会は、公教育の破壊を目指しています。学校をどんどんつぶして行こうとしています。
 学校選択制を導入しようとしている目的は、学校統廃合の促進でしょう。これは、教育費の削減をもくろんでいるだけでなく、廃校の跡地を企業に格安で分配しようということでもあると思います。
 たとえば、府立の青少年会館を廃止したあと、その跡地を長谷工に売却していますが、このとき路線価40万円/㎡の土地を32万円/㎡で譲っているのですね。
 どこかで聞いた覚えのある話だと思われる方も多いでしょう。これは、竹中平蔵が日本の金融資産を海外の企業にただ同然の価格で、献上したのとまったく同じ図式です。

 実際に、橋下は小泉・竹中の「構造改革」路線の踏襲を公言しているのですから何をかいわんやです(何たるアナクロニズム!)。

 橋下が大阪の首長になって、ひたすらやっているのは予算の削減です。何でもかんでも、端から切り捨てにかかっています。
 いったい何を目的にして、そう節約に突き進むのでしょうか。
 大企業に大盤振る舞いをするための財源を確保するためです。
 大阪を骨までしゃぶりつくそう、というのが維新の会の政治です。偉そうなことをいって、行政府におんぶにだっこしてもらおうとしているのが大企業ではありませんか。

 自助をいうなら、なぜ企業にいわないのか。
 福祉は切り捨てまくって、始末は自助でつけろと言いながら、企業にはサービスの限りを尽くしている。
 金儲けの自由はよくて、思想の自由はいけないらしい。市民に命令する立場にいるのが役人だと橋下は言っています。また、その役人は市長や知事という上司の顔色を伺うべきだとも言っています。
 こんなエトスを、はっきり病的だと断言する声が聞こえてこない今の日本は、どうかしているのかもしれません。

 市営バスに対する締め付けも、発想は同じです。
 職員の給与がベラボウに高いのかどうかと赤字体質を問題にするのとは、きっちりと分けて考える必要があります。もし、橋下が言うように本当に高すぎるのなら、それを是正することに意義はあるでしょう。しかし、赤字を出しているというそのこと自体を許しがたい背信行為のように主張するのは間違っています。

 これも根は「民営化」志向にあります。
 まず最初に「民営化」ありというやつで、それを前提にしてすべてを判断するという、まったく意味不明の偏執が、赤字を目のかたきにさせているわけです。

 民間に任せたら採算がとれなくてつぶれてしまうような事業だから、税金を財源にして自治体が行うのでしょう。
 大阪では地下鉄の方は黒字を出しているのですから、それと抱き合わせにしてバスを走らせるのは合理的な事業ではありませんか。地下鉄をハゲタカどもの手に譲ってしまいさえしなければ、バスで多少の赤字が出たところで、大騒ぎする必要などどこにもありません。
 第一、独立採算法人でもないのに、赤字だ赤字だと問題にすること自体、奇怪至極だと私には思えます。

 「民営化」の意味は、確実に儲かっている事業を横取りしたがるという私企業の貪欲を満足させてやるところにあります。それを実現するための走狗が竹中だったり橋下だったりしているのではありませんか。

 儲かっているから「民営化」する一方で、儲かるようにしてから「民営化」というコースもあります。
 民間企業が商売をするとしたら、ただで乗せる乗客なんていない方がいいに決まっている。そこで、敬老パスを廃止しようという方向が出てきます。
 根は、みんな同じではないですか。なぜ、こんな奴らを当選させるのか。なぜ、こんなやつらに「期待」するというのか。大阪維新の会への期待度が60%を上回るというNHKの報道に、私は呆れてしまいます。

 なんでも民営化すればバラ色だというのが、嘘っぱちだということは、既に明らかになっているのではないのか?
 公務員やそれに準じる人間が何か不都合なことをすると、鬼の首をとったように非難するのが橋下です。「企業」マインドがないからダメなんだということを言っています。

 チッソやミドリ十字を筆頭に、企業がどれほど悪辣なことをしてきたのか、市長殿は歴史認識がないのでしょうか。
 客の食べ残しを次の客に回していたのも民間企業でしたし、あらゆる種類の“偽装”は民間企業の十八番です。
 なぜ、民間に任せればすべて安泰だと言えるのか、まったく分かりません。

 大阪でムキになって進めようとしている学校選択制は、元祖杉並区では廃止です。
 警察も民営化、監獄も民営化、そんな社会が望ましいと国民の大多数は思っているのでしょうか。

 大阪維新の会は――あるいは橋下徹は、と言いましょうか――本当に人気があるのか。
 人気があることにしようと、マスコミがむきになって偏向報道をしているのではないか、そういう疑いが私にはあります。

 麻生太郎が自民党総裁に選ばれたとき、マスコミはしきりに国民に人気があるということを強調していました。私は特に先見の明なんて持ち合せている人間ではありませんが、この論調に非常な違和感を抱きました。いったい誰がそんなことを言い出したのか、と不思議でなりませんでした。
 まわりを見ても、自分の感覚でも、あんな口がひん曲がった男なんか支持する気持ちは気配すらなかったのです。漫画が好きで、若者に人気がある――そんな報道が駆け巡っていました。フツウに考えればすぐに分かりますが、政治に関心のない若者に、麻生太郎が漫画好きだなんていう情報がどうやったら得られるのでしょう?
 明らかにマッチポンプの構造です。マスコミが、麻生太郎の漫画好きという情報を一生懸命に広め、「ほう、そうなんだ。そんな政治家がいるんだ」とでもいった若者の反応を今度は「麻生太郎は若者に人気がある」と報道した、そういう順序です。

 自分の生活がかかっている政治家たちが、そんな“情報”を本気で信じ込んでいるように見えたのも不思議でした。素人目にもはなはだ怪しいそんな“情報”を前提にして行動したら、間違えた報いはもろ自分にふりかかってくるだろうに――。

 ニュースというのはマスコミが作るものです。
 話題性のある人物を追いかけるのではなくて、追いかけることで話題性のある人物にするのがマスコミです。

 そんな次第で、圧倒的多数で決めた総裁を、自民党のバカどもはその後またみんなして引きずり降ろそうとします。
 こいつらには、羞恥心というモノがないのか。自分自身がかつて一生懸命に支持したという事実をよくもまあ厚顔無恥に“棚上げ”出来るものです。スジを通すという観念がないんでしょうか。

 ともあれ、こんなガセネタで政権与党の総裁が決まってしまったのが、日本の現実です。

 東国原の時もそうでした。
 いわゆる「すり寄る」という言葉がピッタリなのが、あの時の政治屋さんたちでした。
 この時もマスコミの報道が、県知事氏にとんでもない誤解をさせてしまったのでしょう。自分がよほどの大物だと思い込んでしまったようです。
 自民党も変な総裁をしょいこまなくてよかったね、といったところ。

 橋下徹も、東国原と同じ誤解の領域に入っていることは確かでしょう。
 言いたい放題、したい放題というのがまさに橋下の政治ではありませんか。よくもまあ、こんなのを許容しているものです。大阪人はみんな腑ぬけばかりなのか、と聞きたくなります。維新の会なんか(偽ブランドも当然の報いとして一緒にして)、全員落選させなくてはなりません。

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