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2012年7月22日 - 2012年7月28日

2012年7月23日 (月)

官邸前デモと鳩山由起夫

 先週の金曜日(7月20日)、官邸前デモに鳩山由紀夫元総理が姿を見せ、協力の意思を表明しました。
 私自身の考えを最初に書きますと、これは高く評価する必要があると思います。
 しかし、反原発に賛成する人たちの一部には、この行動に批判的な人もいます。また、当然のことなのでしょうが、民主党内の反応などを報じるマスコミの対応は、おおむね鳩山氏のデモ参加に否定的です。

 インターネット上でこんな反応を見かけました。

反対派は鳩山に歓迎ムードだが著名な誰かの支援とか助けとか無いとあかんのか?自分の声は自分の声で言った方がいい。鳩山も教授も他人。先頭に立つのは左翼でも芸能人でも政治家でも無く名も無い市民であったほうがいい。市民が権威に依託したらデモらしくない。

 反原発派で鳩山氏の参加を否定的に評価した人たちの根底には、上記のような心情があるのではないでしょうか。
 もしそうだとしたら、これはおかしいです。
 いったい何のためのデモなのでしょう。
 大きな声を出してカタルシスを感じるのがデモの目的なのでしょうか。
 大勢の人間が参加しているのですから、一部にそういう人たちがいたとしても何の不思議もありませんけど――。
 しかし、基本は、市民の声を政治に届かせることだろうと私は思います。その声がわずかでも届いた結果として「元総理」の参加があったのではありませんか。つまり、鳩山氏の参加はデモが目的としていたことそのものの一つであるはずです。

 河野太郎議員が参加していたことも、もちろん無意味ではないでしょう。しかしながら、河野氏が野党の政治家であるのに対し、少なくとも現在のところ、鳩山由紀夫は与党の国会議員です。
 これは、大いに評価する必要があります。望むべくは、鳩山氏に続く政治家が増えていくことです。政治家が欲しいのは票であり市民の支持です。デモに参加する元総理をみんなで袋叩きにしてしまったら、それに続くものなど出なくなります。そうではなくて、デモ参加へのインセンティブを政治家たちに与えなければならないのです。

 官邸前デモについては、ワン・イシュー(論点一つ)ということが言われています。立場の違いを強調するのではなく、ともかく「脱原発」という一つの問題について同意できるかぎりは協力していこうとしているわけです。
 過去の行動を引き合いに出して、重箱の隅をつつくような非難をするのではなく、協力の輪をどんどん広げていく方向に考えるべきだと私は思います。
 確かにどうしようもない政治家がいることは事実です。しかし、誰も彼もすべて排斥していく方向に進んでも展望は開けません。味方を少しでも増やしていくことを目指すべきだと思います。

 鳩山氏のこんな発言を問題視している人もいます。

  どう考えても、この時点での再稼働は無理です。

 「この時点での再稼働は」という限定がお気に召さないようです。
 この限定が「先の時点での再稼働は無理でない」を含意するというわけです。

 これは、いわゆるウガち過ぎというやつです。そうではなくて、逆の方向での“含意”を認めればいいのです。
 官邸前でみんなが叫んでいる「再稼働反対」の主張は、「今の時点での再稼働反対」を当然ながら含意しています。それでいいではありませんか。
 「この時点での」再稼働ストップでさえ、実現するのは容易でないのです。
 「この時点での再稼働は無理」という判断は、充分に健全で常識的な判断だといえるのではないでしょうか。

 官邸前デモに否定的な人の中に、あれは実は極左がバックにいるのだなどと言うのがいます(笑ってしまえばいいだけなんですけど)。
 10万人から20万人の参加者がいるのですから、その中に何人かの極左メンバーがいたとしても別に不思議ではありません。しかし、元だか現だか知りませんが、そんな極左の人間が参加しているということと、デモが彼らの意を体現していることが、そのままイコールになるはずがありません。

 同様に、鳩山元総理が参加することで、デモの方向性が望ましくない方向に行ってしまうのではないかと心配しすぎるのも杞憂だろうと私は思います。

 もう一つだけ補足しておきます。
 鳩山元総理の演説は、どちらかと言えばあたたかい声援と拍手で迎えられたという印象があります。
 鳩山政権の挫折については、私と同じ思いの人もそう少なくはない気がします。

 普天間基地から米軍を追い出すというような事業は、一政権の力だけで実現などできるはずがありません。日本中が一丸となってその意思を明確に示す必要がありました。
 その大切な時に、マスコミとその尻馬に乗った国民がいったい何をしたでしょうか。最低でも県外と宣言した一国の首相の足を引っぱるようなことばかりしていたではありませんか。

 はっきりと思い出してほしいのですが、マスコミ(と国民)が鳩山氏を非難したのは、普天間を取り戻せなかったからではありませんでした。沖縄県民に不毛な希望を与えた、寝た子を起こしたといって非難したのです。つまり、現状の維持を当然の前提としてしか考えていないわけです。もしそうだとしたら、この国に政治家なんて一人も必要ありません。ただの事務屋がいればいいだけです。

 普天間返還を選挙公約にしたのは民主党であって、当時の首相であった鳩山氏個人ではありませんでした。ところが、防衛省の北澤俊美、外務省の岡田克也、沖縄担当相の前原誠司、この三人は首相を支えるどころか、逆のことばかりしました。
 この三人とそれに代表される党内の裏切者たち、そして官僚とマスコミが普天間返還という大事業の達成を妨害したのです。

 小泉純一郎の「改革」路線の間違いは、いまだ“総括”されていません。そのために、さらなる「改革」を叫ぶ声がいまだ止まりません。大阪維新の会とやらが、小泉・竹中路線の継承を公言しているありさまです。
 こんな時に、裏切った者と裏切られた理想をごっちゃにしてしまっては、どういう方向に展望を見いだしていったらいいのか、まったく分からなくなってしまうでしょう。
 注意を喚起したいと私は望むものです。

2012年7月22日 (日)

「再稼働が決まるまでの間、脱原発でやらせてもらう」

 しばらく前から気になって、ネットであれこれ検索していたのですが、全然さきに進めませんでした。タイトルにある『フライデー』の記事のことです。

 大阪市の橋下市長が、政調会長の前原誠司をとおして民主党政権にメッセージを送っていたという記事を、二、三、四(?)週間前にインターネットで見つけました。
 「再稼働が決まるまでの間、脱原発でやらせてもらう」というのがそのメッセージの主旨で、情報ソースは週刊誌の『フライデー』、その6月22日号だとのことでした(一部に「6月15日号・説」もあり。これは間違いでした)。

 あちこち見たのですが、ソースが『フライデー』であると言っているそのソース自体が、一つのブログに収斂していきます。「キノコの光合成」というブログです。
 文中「大飯原発」が「おい原発」になっているのまで、どこもかしこもそのまま引用しているありさま。おい、おい、というのを何度も目にしていると「なんか用か」と聞き返したくなってくるのでありました。

 つたえるべき内容が引用だったとしても、自分が発信者になるからには、いちおうの検証くらいしたらどうなのかと、やや腹がたってきたり。いや、そればかりでなく、同じように『フライデー』に言及するにしても、なぜもっと複数の証言者からの発信がないのだろう、という疑問がふくらんできます。
 こうなると、『フライデー』に書いてあることは本当だろうか、という以前に、『フライデー』に書いてあったというのは本当だろうか、になってしまいます。

 ともかく、問題の『フライデー・6月22日号』の原物を見てみないことには、話は始まらないと私は思いました。

 というわけで、みつけた結果を以下に引用します。
 確かに該当する記事は存在していました。

 記事のタイトルは、こんな具合いです。

政府・関電との対立はすべて、
来る衆院選のためのお膳立て――
「変節」していた〝ヒトラー〟に、
府民は冷ややかな視線を注ぎ始めた

大飯原発再稼働「最初から容認ありき」だった
大阪市長 橋下徹が見せた「疲労と焦り」

 問題の箇所を、要約ではなくそのまま引用します。
 これで、記事全体の4分の1くらいにあたります。

 首相官邸に近い民主党議員によれば、大飯原発再稼働を目指す関係閣僚会議は、橋下氏への怨嗟の声で満ち溢れているのだという。無論、事務方のスタッフが議事録を取る冒頭部分ではない。彼らを退席させた後のトークだ。その模様を再現すると、口火を切ったのは仙谷由人政調会長代行(66)であった。
「橋下の再稼働反対は、結局、ロスタイムを利用した点数稼ぎじゃねぇか」
 その悪意ある指摘に枝野幸男経済産業相(48)が、こう応じた。
「経産省内部からは『大阪を一度、ニューヨークで過去にあったように、ブラックアウトにしてしまえば実情が分かるんじゃないか』なんて声まで上がっている」
 さらに細野豪志原発担当相(40)が、
「向こうは『安全対策』の一点張りで、議論の選択肢がない。ずるいですよ」
 と愚痴ったと思えば、またも仙谷氏が、
「橋下というヤツは、噛みつけば噛みつくほど人気が上がるという仕組みを分かっとる。よう、考えているヤツやな」
 と皮肉る。閣僚たちからあふれ出てキリがない欝憤を野田佳彦首相(55)が、
「困ったヤツだな、あいつは」
 と総括した。ただし彼らは、橋下氏が再稼働に反対しているという理由でケナしているわけではない。それ以前に、前原誠司政調会長(50)を通じて首相官邸に持ち込まれた、橋下氏の次の“メッセージ”が苛立ちの原因だったのだ。
「再稼働が決まるまでの間、脱原発でやらせてもらう」
(『フライデー』 2012年6月22日号 18ページ下段)

 このあと、橋下と前原のつながりがいつごろからのものか、奈辺から来ているか、といったことなどが書かれています。堺屋太一・中田宏の名前が上げられています。

 さて、こうなると現状というのが分からなくなってきます。
 この記事が真実だとすると、ことはかなり重要です。とうてい許すべからざる背信行為ではありませんか。さらに厳しく追及して、こんな悪質な政治家は糾弾し、排除していく必要があります。
 また、もし記事が事実に反しているとしたら、即刻・厳重な抗議をしなければなりません。政治生命の終焉にみちびくような重大な“濡れ衣”であるからです。

 最近では「橋下市長・フライデー」のキーワードで検索すると、元ホステスさんがどうこういう記事が出てきます。それこそカラスの勝手、どうでもいい話です。
 ところが、こちらの方は『フライデー』の記事が出たあとに、市長へのインタビューが行われたり“続報”があるのです。

 おいおい、ちょっと待てよ。
 チミたちはいったい何をやっているの?
“メッセージ”の方はどうなったんだ?

 当然、こう言いたくなります。
 いったいぜんたい、どうなっているのでしょうか。

 私の非常に狭い見聞の限りですが、橋下の方から(6月22日号について)講談社に抗議したという話を聞きません。謝罪広告を出した、なんて話も同様です。
 例によってツィッターで口汚なく相手をののしれば済むというような問題ではありません。出るところに出て白黒はっきりさせる、記事と同じだけのスペースの訂正記事を要求する――そういう種類の問題だろうと私は思います。
(前原誠司という名前が出てくるところに一抹の(?)危惧を抱くものではあります。この名前から連想する第一番は決まってますから――)

 抗議がないところからして、記事は真実なのでしょうか。
 そうなると、それこそ“続報”がないのが理解できません。
 講談社だけの話でないのは勿論です。この国のジャーナリズム全体について私は言っています。

 私はマスコミに対する幻想などまるでありません。
 いや、正確に言うなら、以前から持っていた不信感は最近はもう底なしです。
 つい最近まで「官邸前デモ」を完璧に無視し続けて来たNHKは、象徴的存在です。

 それにしても、ジャーナリズムがここまで腐りきっているとは……。

 ともかく、以上のような次第です。『フライデー』の記事は存在しました。
 この先は、引用部分をこれまで以上にもっともっと増殖させていくばかりだと思います。

Friday_004

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