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2012年10月7日 - 2012年10月13日

2012年10月11日 (木)

『戦後史の正体』――「自主独立」と「対米追随」

 いわゆる吉田ドクトリンの記憶が、いつまでもしつこく残っています。
 そのパラダイムの中では、「自主独立」は「改憲・再軍備」と「対米追随」は「軽軍備」とセットになっています。
 このパターンは、現実としては既に久しく無効になっているのですが、相変らずそんなパラダイムにとらわれた言説が流通し続けているようです。

 孫崎享の『戦後史の正体』は、20万部を越えるベストセラーになり、多くの人の支持を得ている一方で、否定的な評価をする議論もあちこちで眼にします。
 それらの議論に対する疑問の一つは、この本が何故これだけ広い支持を得ているのかを説明できていないのではないかということです。
 結局のところ、そうした否定論には共通した錯覚があるのではないかと私は考えます。

 ひとつには、多くの読者は「自主独立」も「対米追随」も、現在われわれを取りまく現実を参照しながら、ごく素直に受け取っているのではないか、ということ。
 それに対して、否定論者はいまだに冒頭に書いたようなパラダイムにとらわれているのではないか、と思うのです。

 自分たちのことは自分たちが判断する、当たり前のことです。それが「自主独立」でしょう。認識と判断をあなた任せにしないという、それだけのことです。改憲も軍備も、ペアにする必要のない、これとは別の問題です。
(ちなみに、孫崎自身も読者と同じように「自主独立」も「対米追随」も、ごく当たり前の、現実に対応した言葉として使用していると私は思うわけです)

 歴史的な文脈で言えば、「自主独立」は「改憲・再軍備」を目指した岸信介の路線、「対米追随」は「軽軍備・安保依存」を是とした吉田茂の路線を意味するでしょうか。

 岸は開戦時の東条内閣の閣僚で、また満州国の経営にたずさわった人間ですから、戦前・旧体制を引きずっていると見なすこともできます。いわゆる安保闘争が、あれだけ盛り上ったのは、この戦前イメージが少なからず関係していたと考え得るのですね。
 警職法を改訂しようとした首相、国会運営にも強権的な姿勢が見える昭和の妖怪が、日本をまた戦前の悪夢に引きずり込もうとしているのではないか――そんな危機感を人々が抱いた可能性があるわけです。

 しかし、孫崎が「自主独立」派としている別の一人、鳩山一郎は、戦時中は軍と対立した自由主義者です。再軍備といっても軍国主義の復活を意図したわけではありません。米国の占領体制からの自立を図るためには、日本が自身の軍を持つのは当然だと考えたわけです。

 話をややこしくして申し訳ないのですが、実は、
 岸信介 も 吉田茂 も 鳩山一郎 も 重光葵 も 池田勇人 も
 みーんな「親米」なのですね。

 岸信介は、心の底では米国が大嫌いだったかも知れません。
 マッカーサー嫌いは公言していて、米国に行ったときには同じホテルに投宿したときも表敬訪問などしなかったと吐き捨てています。
 しかし、米国以上にソ連を憎んでいたこともあり、米国とは好き嫌いに関わりなく付き合っていかざるを得なかったので、政治姿勢としては「親米」でした。

 要するに、好き嫌いの話ではなく「路線」の問題なのだという当たり前のことを申し上げています。

 そういう視点からすると、孫崎による吉田の描き方は少々アン・フェアなところもあります。
 まあ、普段から記者など日本人に対して尊大な態度があったのに比べて――という捉え方は可能です。しかし、吉田茂の政策を批判するのに何の遠慮も必要ないでしょうが、裏口からコソコソと出入していたというような行動を云々するのは、ちょっと意地悪だという気がします。
 孫崎は、以前の著書の中では、吉田に対してもっと寛容でしたので、こんな風に厳しくなったのはどうしてだろうと、私は気になったりするのでした。

(ついでに言えば、岸信介を失脚させられた政治家にしなければならない必然性というのは何だろう、とも考えています。私自身は、孫崎の解釈の妥当性については、いまのところ「分からない」という立場です。それで別に何にも困らないのですが、「岸信介の評価=安部晋三の評価」と勝手に勘違いして向かっ腹を立てている人もいるようなのは、困ったものです)

 吉田の評価は、結局のところ答えの出しようがない次の疑問にかかっているのではないでしょうか。

 吉田は、もっと頑張れば、もっとマシな結果を得られたのに、そうしなかったのか

 評価の仕方はいろいろ可能ですが、吉田茂もそれなりに日本のあり方を模索した結果として、あのような選択をしたのだと考えることは十分に可能だと私は思います。
 「自主独立」と「対米追随」という二つの路線は(たら・ればの話になりますし、実際に起きたことしか言えないのですから)どちらかが絶対に間違っているというものではないでしょう。
 それぞれに筋はとおっていると考え得るのです。

 しかしながら、この路線が現在において持つ意味は全然ちがいます。
 非常にねじれた、といったらいいのでしょうか、歪んだ構造が支配するようになっていると私は思うのです。

 それぞれに筋がとおっている、と書きました。
 筋がとおらなくなるのは、二つの路線がクロスオーバーしてしまったからです。
 安部晋三の「改憲」は「自主独立」ではないのです。

 こういうことです。
 「自主独立」であるならば、改憲して軍隊を持ったとしても、軍事力の運用に当たっては、自らの国益に沿った判断が出来ますから“安全”です。
 また、「対米追随」であっても、改憲を拒否し、憲法の規定を守るのであれば、地球の裏側まで軍隊を派遣することもないので“安全”です。

 これが、「対米追随」+「改憲」だったらどうなるでしょう。
 憲法の枷がはずれ、自衛隊は集団的自衛権の行使と称して、地の果てまで米軍のケツに付いていかなければなりません。米軍は、その地域の人たちにとっては「侵略者」以外の何ものでもない。正規軍であれ、ゲリラであれ、粘り強く抵抗するでしょう。自衛隊は、その巻き添えにならざるを得ないわけです。

 お分かりでしょうが、安倍晋三の「改憲」は「対米追随」派のそれなのです。
 彼は「押しつけ憲法」を云々しています。しかし、実際に「押しつけ」の最たるものはなんだったでしょうか。
 講和とセットで強要された「安保条約」こそが「押しつけ」そのものではありませんか。

 安部晋三は、はっきりと言っています。現在の安保条約を変更する必要はない、と。
 「押しつけ憲法」を拒否するというのなら、「押しつけ安保条約」も同様に拒否するべきなのにです。
 それがまったく念頭にない安倍は、「自主独立」の「改憲」ではなくて、「対米追随」の「改憲」だということを見きわめなければいけません。

 日米安保条約は、どう言いつくろおうと冷戦を前提にして作られたものです。
 1989年に冷戦が終わった時点で、既にその使命を終えているわけです。これは、私の独断ではなくて、そうでなければ「日米同盟の再定義」などが必要になるはずがありません。

 ともかく、無理な理屈をひねり出したのが1996年の「日米安全保障共同宣言-21世紀に向けての同盟」でした。
 また、これは2005年の「日米同盟:未来のための変革と再編」に至って、さらに明確になります。
 日米安保は、日本の防衛の話などではなくなってしまったのです。世界中のどこにでも戦争しに行く米国に同行する日本が求められているのが現在の「日米同盟」なのです。

 そんな訳で、憲法改定をいかにも日本の国内問題であるかのように語り、戦後レジュームからの脱却を謳うデマゴーグにダマされてはいけません。

 いま米国が進めているのは、日米の指揮系統の一体化です。
 独自の情勢認識を持ち、自らの行動を判断・決定していくことを「自主独立」といいます。こんにちの「対米追随」は、非常に危険なものなのです。

 1955年、ジョン・フォスター・ダレスは訪米した重光外相にこう言いました。
 安保条約を改定したいのであれば、日本は憲法を改正して集団的自衛権を行使できるようにする必要がある、と。

 私が言いたいのは、ちょうど逆です。
 日本が集団的自衛権を行使できるようにするためには、安保条約を改定(乃至破棄)する必要がある、と。

2012年10月 8日 (月)

孫崎享著『戦後史の正体』――「あり得ない」謀略説?

 私の文章は、プライベートなニュアンスを含まないときは、「以下敬称略」の方針で書かれていますので、以下ご了承のほどをお願いしておきます。

 孫崎享の『戦後史の正体』が、ベストセラーになっています。
 この本の特徴は、歴代の政権を「自主独立」と「対米追随」という視点から評価して、その流れの中では「自主独立」が米国の圧力でつぶされるパターンがあると指摘した点にあります。

 特に、従来はあまり評判の芳しくなかった岸信介を「自主独立」を目指した政治家として評価し、安保騒動後の退陣は米国の謀略によるものだとしていることが、その“意外性”から取り沙汰されているようです。

 もともと岸信介の話をテーマにするつもりはなかったのですが、話が長くなりそうなので、この“新解釈”についての私の考えをここで書いておきます。

 岸信介の安保改定については、一般になされているより、もう少し高く評価していいのではないかと私も思います。また、米国が彼の失脚を図ったという可能性それ自体については、ただちに反論する用意はありません。
 しかし、彼を失脚させるために、あの大規模な反対運動が組織されたとするのは、少し無理があるように思います。

 その最大の理由は、あのような“盛り上り”を予想できた――米国からすれば期待できた――とするのは、無意識のうちに働いている「あと知恵」の結果だと考えるからです。
 歴史的事実を知っている我々にとっては、あの騒動は、あのようにしかあり得なかった当然のものと思われるかもしれません。しかし、神ならぬ存在として、当時それをあらかじめ知り得た人間が存在したでしょうか。

 誰一人、予想などできなかっただろうと私は思います。反対運動に身を投じていた人たち自身にだって分からなかったに違いありません。

 岸を引きずりおろすのに有効であったとされる大衆運動が、そんなものだったとしたらどうでしょうか。
 謀略を図る側としては、起こりえるかどうか確実には分からないような手段に賭けるとは考えにくいのです。

 (ましてや、当時はインターネットもなかった?)

 田中清玄が全学連に資金を出していたことは、すでに60年代初めから明らかになっていました(その後も、唐牛健太郎が田中の会社に就職したことが評判になったりしています)。田中のこの働きかけは、岸の失脚を狙ったと見るよりは、反対運動の撹乱、左翼勢力の分断を図ったと考える方が自然でしょう。

 岸の失脚のためには、国民が結集する大規模な運動が必要だったはずです。一握りの左翼が少々過激なデモをしたところで、とても引責辞任になど結びつきません。
 それに対して、その程度のデモであろうと(つまり、あそこまで盛り上がらなかったとしても)、運動の分断が目的ならば、十分に達成可能だったと考えられるわけです。

 米国が岸おろしを意図していたという仮説には、私は反対しません。ありそうなことだとは思いますが、判断するための材料がないということです。
 ただ、それがあったとしても、そのための手段は自民党内の妨害勢力の動きであったとする方が、蓋然性が高いと考えます。
 この点については、孫崎も言及していますね。池田勇人らの党内勢力です。

 後で詳しく書きたいと思っているのですが、国会の外に注目するのではなく、この時点で自民党内の「クーデター」が起こったと見なす方がより腑に落ちます。
 一言でいうなら、日本民主党から自由党に党内の力関係がシフトしたということです。

 池田信夫という人がブログで『戦後史の正体』を論じているのを見つけました。
 安保騒動=謀略説は、簡単に否定できるというようなことを書いています。この人は、たぶん本を読まないで書評をしているのでしょう。
 岸信介がCIAから資金援助されていた事実がある――こう得々と書いています。これだけで根拠としては十分だ考えたようですが、そんなことは多くの人が知っています。孫崎が知らないはずがないとは思いつけなかったのでしょうか。

 実際、『戦後史の正体』の中には、そのことがしっかり触れられています。
 面従腹背という言葉を池田は知らないのでしょうか。占領時に、有末精三や服部卓四郎という旧・諜報機関の人間たちが、米国から金をもらいながら、どんな精勤ぶりをしていたかということです。

 ちなみに池田はこんなことを書いています。

ロッキード事件が日中国交を進めた田中角栄を倒すアメリカの陰謀だったという話も、逆にCIAの失敗だったことがCIA文書で明らかにされている

 上の「CIA文書」のところは、シャラーの本に触れている記事にリンクされていますが、デタラメもいいところです。何がどのCIA文書で「明らかにされている」のか、さっぱり分かりません。

 さて、続きはつぎにまわそうと思いますが、締めくくる前にもう少しだけ書いておきます。

 私は、孫崎の米国謀略説には基本的に賛成です(コントロール説と言い換えると、少し穏当になるのかな?)。
 だからこそ、決定的に反論の余地のないような本にしてもらいたかったという気持ちがあります。そのためには、少々トーンを落さなければならなかったにしても、です。

 ただ、これは私の勝手な希望で、そんな風にしたら、これだけの反響を巻き起す本にはできなかったかもしれない、という反論は大いにあり得ます。
 それに――改めて触れるかもしれませんが――孫崎は、なにより歴史の本が書きたかったのだろうとは思います。

 田中角栄のケースについては、池田信夫以外にも、謀略説をトンデモだとする人が結構います。要するに、決定的な証拠がないということを言いたがっているようです。

 しかし、ラムズフェルドの口まねをするつもりもないのですが、決定的な証拠がないことをもって、謀略説をトンデモだと断言することが、実は別種のトンデモであるとは言えるのではないでしょうか。

 よく言われるのが、モサデクをほとんど唯一の例外として、世界中で失敗ばかりしているCIAが、日本でだけは、なぜ毎度毎度カクカクたる成功を収め続けていられることになるのか、という反論です。

 私は、このCIA無能説もそのまま鵜呑みにするのは危険だと考えています。
 まあ、それはこの際問わないとして、上の反論には、こう答えます。
 「それが日本なのだ」と。

 かのマッカーサー元帥が帰米するに当たっては、20万人が旗を振ってお見送りし、中には土下座したのもいたというのが日本人です。
 日本人がマッカーサーに送った“ラブレター”は、50万通になるというではありませんか。

 「あり得ないだろう」というのが、謀略説を否定する人たちの言い分です。確かに私も「あり得ない」と思います。

 たとえば、アーミテージ・ナイ報告の第2弾でしたか、ここでちょいと触れるとたちまち「宇宙基本法」に「安全保障に資する」なんて文言が入る。
 今度、第3弾でまた、ちょいと触れると「原子力基本法」に同じ文句が挿入される。
 こういうのは、本当に「あり得ない」としか思えません。

 その「あり得ない」があり得てしまうのが日本だと捉えるしかないではないか、そう私は考えるのです。

 そして、それを自覚したからには、本当にあり得ないようにしていく必要があるのだと思うのです。

つらつら愛国心

 左翼の公式的な理解では、人民はインターナショナルに連帯すべきもので、「愛国心」にこだわるべきではないようです。
 私は自分を左翼とは考えていませんが、こういう――理論というより――感性は、イデオロギーと無関係に、支持していいのではないかと思います。

 帝政ロシアが日露戦争に敗北したとき、帝国の弱体化につながるものとして、ロシアの革命勢力はこれを歓迎したとか。
 でも、スターリンは南樺太と千島列島を取り返したのを、40年ぶりの(「臥薪嘗胆」の末の?)意趣返しとして大いに喜んだそうですね。
 「革命」よりも「愛国」の方が、根が深いのでしょうか。

 マルタン・デュ・ガール『チボー家の人々』の最終巻「一九一四年 夏」にも、「連帯」が「愛国」に破れていく様が描かれています。
 ジョレスが暗殺され、ジャックは完璧な犬死です。
(話は飛びますが、高校生のころ、谷川俊太郎の「ネロ」という詩に心を揺さぶられた経験があります。思いついて、インターネットで調べてみたら、この詩はけっこう有名なようです。理屈に合わない感じ方ではありますが、ちょっと損をしたような気になりました。この詩の「メゾン・ラフィットの夏」という一行だけで、今でもジーンと来てしまいます)

 戦中時代を舞台にした映画やドラマなどでは、主人公はたいてい戦争そのものには反対だったりします。日本が負けるのを、他の愚かな日本人とは違って、彼だけはしっかり予測できている、というようなパターンです。
 本当かなあ、渦中の人間にとっては、いつでも「一寸先は闇」なんじゃないのかなあ。
 特攻隊のパイロットが「俺は日本のために死にに行くんじゃない。愛する人のために死ぬんだ」なんて言います。

 孫崎享さんの『日米同盟の正体』の冒頭に、とても印象的な一節がありました。
 少々長くなりますが、私の主観をまじえた要約になるよりはいいでしょうから、そのまま引用してみます。

P.12
 防衛大学校の研究科では、自衛官が自衛隊で一〇年、一五年と勤務した後、防衛大学校に戻り研究するのが通例である。筆者は研究科の学生に、「君たちは死を覚悟する職業にある。それを自分でどう納得するのか? 愛する人の為に死ぬのか?」と問うた。そのとき、学生の一人、和仁将人三等空佐は次のように述べた。
「自分が防衛大学校に入校したときには、何となく一般の大学に入るような心境で入ってきた。何のために死ぬなんて、深く考えていない。その後愛する人(家族)の為に死ぬということかなとも思ってみた。しかし、いまは違う。自分はパイロットとして前線にいる。日々、尖閣列島の周辺で飛んでいた。仮想敵機と遭遇する。いま仮想敵が発射したら死ぬという緊張感で毎日仕事をしてきた。そのときは愛する人(家族)の為に死ぬのではないのです。日本のためです」
 この和仁将人三等空佐の考えは特異ではない。大なり小なり大方の自衛官に共有された考えである。

 吉本隆明のあの本、中身はまるでどうでもよくて、題名だけで成立している本を思い出します。
 「愛国心」というのは、なかなか一筋縄ではいかないかもしれません。

2012年10月 7日 (日)

ビンボー人の防衛談義は滑稽

 これまで私自身も、米国がどうした、日本が云々、という言葉づかいをしてきましたが、そのことに全く無頓着でいたではありません。

 米国・本国では「99%である我々」ということが言われています。
 私の文章も含めて、安全保障やら何やらを論じるときに言及されている米国とは、実は「1%の彼ら」です。

 逆に言うと、安部晋三支持のネトウヨなどが頼りにしている米国というのもこの「1%の彼ら」なのでした。

 ごく簡単に言ってしまえば「1%の彼ら」とは、米国の金持ちのことです。
 ネトウヨの諸君のほとんどは「金持ち」には属さないでしょうね。
 ビンボー人が一生懸命に自分と金持ちを同一視する図は、まさに滑稽そのものだと気づかなければなりません。

 金持ちの方では、ビンボー人のことなど歯牙にもかけていないのです。

 たとえば、こんなことを言う人たちが大勢います。

 自分の国を守るために、自ら血を流そうとしない「日本」のために、アメリカが国民の血を流そうとするだろうか?

 ふざけないでもらいたい。
 米国の「99%である我々」にとっては、イラクやアフガニスタンにおいてと同様、尖閣諸島で血を流さなければならない理由など、条件如何にかかわらず、一つもありません。

 中国の出方、米国の思惑、武力衝突が起こる可能性、日中の戦力比較……そんなことを得々として語るのはやめてもらいたいものです。
 自分が戦争を指揮する将軍にでもなったつもりなのかも知れませんが、PCゲームではないのです。
 あなたは、ただのビンボー人で、意味もなく殺される「99%」に属する人間なのですよ。孫権や曹操と智謀を競えると思うのは結構ですが、それは仮想の世界だけにしておいてほしいのです。

 戦争をするかどうかを決めるのは、米国の「1%」です。
 流される血は「99%」の血です。
 「1%」は「99%」の血がいくら流れようと、全然平気です。

 今、米国には徴兵制がありません。
 兵隊に志願してくるのは、みんなビンボー人ですし、ビンボー人がいなくなったら兵隊のなり手がなくて困ります。だから、国から貧困を退治する気など「1%」は全然持っていません。

 戦争というのは、血が流されるものです。
 手足が引きちぎられ、頭が吹き飛び、大勢の死者が出るのです。

 自衛隊員のひとりひとりにも、どうでもいいような島々のために血を流さなければならない理由などないはずです。

 尖閣諸島をどうしても守りたい人は、自衛隊に任せたりせずに自分で魚釣島に行けばいいではありませんか。

 石原慎太郎は、逮捕される可能性にもひるまないと言うなら、遠吠えをしていないで、竹島に“上陸”すればいいのです。

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