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2012年10月14日 - 2012年10月20日

2012年10月18日 (木)

「日ソ国交回復交渉」と米国覚書――「北方領土」交渉への米国の圧力

 朝日新聞の縮刷版からコピーしておいた記事を、今日OCRしてテキストにしました。
 参考資料として、アップします。

 いわゆる「ダレス恫喝(またはダレス警告)」がすっぱ抜かれて大騒ぎになった経緯については、以前の記事でご紹介しました。
 米国はこの騒ぎを沈静化するための対応に追われ、ダレスもその高飛車な態度を大いに軟化させた訳ですが、日ソ間にクサビを打ち込もうとするその基本的な方針には何の変わるところもありませんでした。

 この「覚書」では、「沖縄を永久に返さない」云々の文言は当然のことながらありませんが、「同条約によって与えられた一切の権利を留保する」と書いてあります。
 サンフランシスコ講和条約のすべてをチャラにするぞ、と脅かしてきているのですから、タチの悪さはより以上と言えるでしょう。

::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

1955年9月13日 朝日新聞 1面より

(見出し)

日ソ交渉 米の覚書を発表

エトロフ・クナシリ島は日本領土

「放棄した領土」引き渡す権利はない

ヤルタ協定 法律的効果を持たぬ

(リード文)
外務省は、アリソン米大使からこのほど外務省に届けられた日ソ交渉に対する米国側見解をのべた覚書の全文を十三日付で発表した。これはロンドンで重光外相がダレス米国務長官に会って日ソ交渉について意見の交換を行った際、重光外相が米政府の見解を求めたので米国務省で検討の上、アリソン大使から届けてきたものだが、これまでその内容が正確に伝わっていなかったうらみがあるとして、日米両国間で全文を共同発表することになったものである。

(本文)

米の覚書 全文

 最近のロンドンにおけるダレス国務長官との会談に際し重光外務大臣からなされた要請に応じて、国務省は、今回の日ソ平和条約交渉中に提起された諸問題につき、特にサンフランシスコ平和条約の署名国としての米国の利害関係に照らして、検討を行った。国務省は、この検討に基いて、次のとおり意見を開陳するものである。
◇米国政府は、日ソ間の戦争状態は正式に終了せしめられるべきものであると信ずる。元来この戦争状態は、ソ連邦がサンフランシスコ平和条約の署名を拒否した一九五一年当時から、つとに終了せしめられていなければならなかったものである。日本はまた、日本が加盟の資格を完全に有する国際連合に、久しい以前から加盟することを認められていなければならなかった。さらにまた、ソ連邦の手中にある日本人捕虜は、降伏条項に従って、久しい以前に送還されていなければならなかったのである。
◇領土問題に関しては、さきに日本政府に通報したとおり、米国はいわゆるヤルタ協定なるものは単にその当事国の当時の首脳者が共通の目標を陳述した文書にすぎないものと認め、その当事国によるなんらの最終的決定をなすものでもなく、また領土移転のいかなる法律的効果を持つものでもないと認めるものである。サンフランシスコ平和条約――この条約はソ連邦が署名を拒否したから同国に対してはなんらの権利を付与するものではないが――は日本によって放棄された領土の主権の帰属を決定しておらず、この問題は、サンフランシスコ会議で米国代表が述べたとおり、同条約とは別個の国際的解決手段に付せられるべきものとして残されている。いずれにしても日本は、同条約で放棄した領土に対する主権を他に引き渡す権利を持ってはいないのである。このような性質のいかなる行為がなされたとしても、それは、米国の見解によれば、サンフランシスコ条約の署名国を拘束しうるものではなく、また同条約署名国は、かかる行為に対しては、おそらく同条約によって与えられた一切の権利を留保するものとと推測される。
◇米国は、歴史上の事実を注意深く検討した結果、エトロフ、クナシリ両島は、(北海道の一部たるハボマイ諸島およぴシコタン島とともに)常に固有の日本領土の一部をなしてきたものであり、かつ、正当に日本国の主権下にあるものとして認められなければならないものであるとの結論に到達した。米国は、このことにソ連邦が同意するならば、それは極東における緊張の緩和に積極的に寄与することになるであろうと考えるものである。

 八日に日本に伝達
【ワシントン=中村特派員十二日発】
米政府は十二日正午日ソ交渉に関する対日回答成文を公表した。「日ソ交渉に関する米政府の立場」と題されたこの覚書は、さる七日ワシントンで谷駐米大使に伝達され、同時刻(日本八日)東京で重光外相に伝えられたものである。

2012年10月16日 (火)

『戦後史の正体』は「改憲論」への誘いか?――kojitaken氏の場合

 初めてお読みの方には、分かりにくいかもしれませんが、前回の記事と今回とでワン・セットになっています。

 次のブログで発言するkojitaken氏への「反論」という形で書いております。

 メルトダウンする日本の政治/『戦後史の正体』その後

 孫崎享『戦後史の正体』を絶賛する福島瑞穂orz

 「最悪」だとのご指摘ですから、それから始めましょう。
 少々長くなりますが、論旨が正確に伝わるように必要なだけ引用してみます。

 ●引用1

さて、このブログ記事で最悪だと思ったのは下記のくだりである。

>> 田中角栄のケースについては、池田信夫以外にも、謀略説をトンデモだとす
>>る人が結構います。要するに、決定的な証拠がないということを言いたがって
>>いるようです。
>>
>> しかし、ラムズフェルドの口まねをするつもりもないのですが、決定的な証
>>拠がないことをもって、謀略説をトンデモだと断言することが、実は別種のト
>>ンデモであるとは言えるのではないでしょうか。

この文章には、「これはひどい」と思わず声をあげてしまった。

謀略が「あった」と主張する場合、立証責任がそれを主張する側に生じるのは
当然である。

 kojitaken氏が引用されている私の発言で、ポイントは「断言する」というところにあったのですが、氏はそこに気がつけなかったようです。

 上記の引用より少し前の部分で、私はこんな風に書いています。

 ●引用2

 ちなみに池田(註:信夫氏)はこんなことを書いています。

>>ロッキード事件が日中国交を進めた田中角栄を倒すアメリカの陰謀だったと
>>いう話も、逆にCIAの失敗だったことがCIA文書で明らかにされている

 上の「CIA文書」のところは、シャラーの本に触れている記事にリンクされていますが、デタラメもいいところです。何がどのCIA文書で「明らかにされている」のか、さっぱり分かりません。

 kojitaken氏は、この部分の意味も把握しそこねているようです。
 ここは、池田氏だけへの論難ではなく、kojitaken氏のブログ記事が念頭におかれていました。自分自身が引用した部分なのですから、そのくらいのことに気が回らないようでは困ります。
 上記引用部分における池田信夫の見解は、そのままkojitaken氏のブログに引用され、もっともだと肯定されているのでした。

 ●孫崎享や「小沢信者」と比較すればノビー(池田信夫)の方がまだまとも(10月6日)における以下の発言です。

 ●引用3

ノビーの上記書評記事には問題を感じる部分もあるが、上記の引用文に限っては至極まっとうだろう。

 つまり、引用2における池田氏発言に関しては、それを「至極まっとう」と支持した以上、kojitaken氏も自らの見解としての責任を負っていることになります。

 さて、こういう問題になると「立証責任」がどうこういう紋切型を持ち出す人が多いのですが、もし「立証」されていたら日本と米国で政府の2つや3つはつぶれていますよ。

 池田が触れているCIA文書の公開それ自体が、一つの国策であることを理解する必要があります。

 米国は決して自らの国益を危険にさらそうとはしていません。その後の政府発表でも、1958年から1960年代末まで自民党に金を流していたことを認めたものの、保守合同のなった1955年当時や、講和前のゴタゴタ時代という、肝心な部分については口を拭って明らかにしていません。

 また、正力松太郎や緒方竹虎のコードネームが「発見」されていますが、いまだ岸信介のそれについては分かっていません。緒方竹虎についてすら最晩年の情報ばかりで、政府高官時代についての情報は明らかにされていないのですから、能天気にすべてが明らかになってきているように考えるとしたら、とんでもない誤解です。

 そういう状況を前提にするなら、立証だとか証明だとかいうイチャモンがいかに無意味であるかが理解できるでしょう。

 田中角栄に対しての「謀略説」に関して言えば、確かに存在したことの「立証」は未だ出来ていませんが、他方で「謀略」の不在が「CIA文書で明らかにされている」などというのは、まったく事実に反することで、超トンデモであることが「明らか」なのです。

 「動かぬ証拠」をなかなか入手できないときに、自らの推測として、あり得たシチュエイションを語ることは、別に問題視されるような議論ではありません。
 問題なのは、その推測を何の確たる根拠もないまま「トンデモ」と決めつける言説であり、(上記の池田信夫+kojitaken氏のごとく)その反対が「立証」されているなどという事実無根を主張するのが「超トンデモ」であるのは、論理的な必然ではありませんか。

 ここまですべてを意識しながら書かれたのが、引用1における「断言する」という言葉だったのですが、他の方にはともかく、孫崎が隠れた「改憲論者」であるなどというトンデモナイ「陰謀説」で頭がいっぱいになっているkojitaken氏には、とうてい理解できなかったようです。

 さて、もう一つの指摘についてです。

 ●引用4

>> 後で詳しく書きたいと思っているのですが、国会の外に注目するのではなく、
>>この時点で自民党内の「クーデター」が起こったと見なす方がより腑に落ちま
>>す。
>>
>> 一言でいうなら、日本民主党から自由党に党内の力関係がシフトしたという
>>ことです。

これは明白な事実誤認だ。岸信介の辞意表明を受けて行われた1960年の自民党総裁選において、岸はそれ以前に大野伴睦との間で交わしていた「政権禅譲」の密約を裏切り、池田勇人支持へと踏み切った歴史的事実があるからだ。岸信介と池田勇人との間の「断絶」ばかり強調されることが多いが、岸政権と池田政権との間には「連続性」があったことも見逃してはならない。それを孫崎のように「岸=自主派」、「池田=対米追随派」などと二分してしまうのは、「度を過ぎたトンデモ」としか言いようがない。

 岸信介には、ぎりぎりまで政権を手放す意思がありませんでした。
 辞任したのは、彼自らの意に反してであり、無理矢理やめさせられたのは確かです。問われているのは「路線」ではなく、辞任の経緯ですから、そこに「連続性」を見る方が「事実誤認」にあたるでしょう。

 私は、事象の全体を捉えて、そこで一種の「クーデター」が「起こったと見なす」と言っているのです。これは事実を云々しているのではなく、ひとつの解釈を提示している訳ですから、「誤認」と指摘される筋合いはないと考えます。

 池田勇人が政権をとれたのは、事象の経緯をたどる限りでは「たまたま」そうなったのでした。
 このあたりの状況を言うなら、岸は安保改定を成就するために、池田か河野一郎かどちらかの支持を必要としていました。つまり、池田と河野との競争において、作戦ミスをおかした河野が敗れ去ったという事情があります。
 歴史のあと知恵として、我々にはそのミスが容易に見て取れるのですが、池田の行動はなかなか予測しがたいものだったので、河野の判断がとりわけ甘かったわけでもありません。

 詳しいことは省略するとして、池田勇人が岸からの要請を受けて入閣したときに勝負がついていました。これは池田派の議員全員が反対したにもかかわらず「何の名分もなく」受けた入閣でした。議員のみならず、奥さんにまで強く反対されていたそうです。河野がそれを予測できなかったとしても、仕方がなかったでしょう。

 後に、池田側近だった宮澤喜一は、「直感が働いたんだろう」という解釈を披露しています。私は、米国からの支持をこの段階で池田が確信できた故の行動かもしれないと考えたわけです。これは、絶大の自信をもって言えるほどのものではありません。孫崎さんのデモによる引きずり降ろしよりは――自分としては――腑に落ちる解釈として書いてみたのでした。

 ただ、蓋然性は決して低くないと思っています。

  • 米国は、常に理想のパートナーを探し続けていた
  • 米国は、日本をコントロールするために、工作資金を注ぎこみ続けていた
  • それ以前同様、安保改定のときの政争も、「政策・論争」というよりは「政局・闘争」であった
  • その「政局」を決定する要因のうちの大きな一つは金だった
  • 金を持つ側が政局に勝利できる可能性は、かなり高かった

 米国が、吉田を見限り、鳩山一郎に期待し、緒方竹虎と岸信介を天秤にかけていたことは、現在入手可能な文書の上からも確認できます。
 安保改定の時期に、政権をめぐって米国の介入があった可能性は決して低くないと私は思います。(「陰謀説」と違うのは、米国も一つの勢力に過ぎず、常に意図の実現に成功していたとは見なさない点にあります)

 直接は知りませんが、昔、歌謡界に「御三家」がいたそうです。
 橋幸夫・舟木一夫・西郷輝彦の三人の歌手を総称してそんな言葉が使われていたのでした。
 で、この「御三家」とは、実は後発のスター(!)であった西郷輝彦を先輩の二人に伍して売り出そうとするためのアイデアであったとか。
 そういう言葉で、西郷を――橋・舟木の後塵を拝するものではなく――一挙に同格のスターにしてしまおうという売出し戦略だったというのですね。

 いきなり何の話? と思われるかも知れません。
 この「御三家」に相当するのが「保守本流」ではないかと、私は考えるのです。

 いうまでもなく「保守本流」の元祖は吉田茂だということになっています。
 しかし、吉田は自民党の総理・総裁になったことは一度もないんですね。それどころか、自民党の結党時のメンバーにすら含まれていません。

 「保守本流」という言葉によって、歴史の捏造が行なわれたとは言えないか?
 そういう問題意識があり得ることをここで指摘しておきます。今は、深入り出来ないので、また改めて議論したいと思います。

 ちょうど、逆順になりました。
 kojitaken氏のブログ記事の最初の部分です。

 ●引用5

>> ひとつには、多くの読者は「自主独立」も「対米追随」も、現在われわれを
>>取りまく現実を参照しながら、ごく素直に受け取っているのではないか、とい
>>うこと。
>>
>> それに対して、否定論者はいまだに冒頭に書いたようなパラダイムにとらわ
>>れているのではないか、と思うのです。

 まずこの書き出しからして欺瞞がある。『戦後史の正体』が「現在」ではなく、「戦後史」を記述した書物である以上、「『自主独立』は『改憲・再軍備』と『対米追随』は『軽軍備』とセットになって」論じられてきたという歴史的事実を(たとえ批判的視座からであったとしても)書き落としてはならないはずだ。

 あら、そうですか。
 というのが、私のひとまずの感想。

 kojitaken氏には、以下の私の解説を熟読することをお勧めしますね。

 この人には、「改憲」にしろ「リベラル・左派」にしろ、すべて時空を超越した、超歴史的な概念だと思いこんでいるフシがありますが、それがそもそもの間違いの始まりだろうと私は思います。

 たとえば、鳩山一郎が「改憲」を考えていたという記述を読むやいなや、もうその「改憲」が時空を超越して、kojitaken氏にとってのあらゆる時空間を支配してしまうみたいなのです。

 この人にとって、ひとたび「改憲」となると、安部晋三のそれも、(本当は違うのですが)孫崎享のそれも、岸信介のそれも、全部同じになってしまいます。

 で、この超歴史的なレッテルをどんな具合いに貼っていくかだけが、この人にとっての問題となるようです。

 「改憲」に留まりません。親米、反米、親ソ、反ソ、再軍備、自主独立、すべてがそうです。

 ここで、冒頭に戻りましたね。
 実は、

 ●引用6

「『自主独立』は『改憲・再軍備』と『対米追随』は『軽軍備』とセットになって」論じられてきた

 とかの「歴史的事実」なんてありません。そんなのは、kojitaken氏の頭の中だけの話です。

 だから、私はそういう「パラダイム」が存在したとは言っても、そんな「事実」があったなどとは書いていません。

 およそ「論じられてきた」と表現されるに値するような考察であるかぎり、無批判にこんなパラダイムを肯定などしていたはずがないのです。

 例えば、吉田自由党の後継総裁であった緒方竹虎は、改憲と再軍備を視野に入れていました。いわゆる「吉田ドクトリン」は、ほんの一つあとの後継者によって既に否定されていたのが事実です。(ちなみに、池田勇人も米国の「イコール・パートナー」となることを強烈に意識して「大国」にふさわしい軍備増強を進めました)

 なぜそんなことになってしまうのか、と言うと、別に難しい事情など何もありません。
 そもそも当時は「吉田ドクトリン」なんて概念は存在していなかったので、それを継承しようなんて話が出てくるハズも、当然なかったからです。
 ずっと時代が下ってから、歴史の流れを説明する概念として持ち出されたのが「吉田ドクトリン」でありました。

 私の記事でも“みーんな親米だった”と書いておいたのだけど、kojitaken氏には理解できなかったのでしょうか。

 私が挙げた「みんな」の中に、石橋湛山は入っていません。
 「反米」と言うのが適当かどうかは別として、石橋は「親米」ではなかったようです。
 しかし、その石橋湛山も、再武装は当然の選択であり、改憲も必要だとずっと言っていました(最晩年には変化がありますけど)。

 私の言いたいことがお分かりでしょうか。
 敗戦――講和――安保改定――経済成長という歴史の流れを、「吉田ドクトリン」という概念を導入することによって、様々なひとの様々な思惑、様々な出来事が整理されて、一定の理解が可能になった、と考えなくてはならないのです。

 当然ながら、「吉田ドクトリン」という概念は、それが言及する流れを批判的に(否定的とは限りません)見ることと同じであり、そうした姿勢なしではあり得ない概念です。
 そして、その概念は、概念が誕生した時点での時代の要請に対して意識的であることを意味していたのです。

 当たり前過ぎて、わざわざ解説するのがイヤになってしまいます。
 ”『自主独立』は『改憲・再軍備』と『対米追随』は『軽軍備』とセット”なんてことは、kojitaken氏のいうような「歴史的事実」ではないということです。

 鳩山一郎? こいつは「改憲・再軍備」だったな。とんでもない野郎だ

 なんて具合いに、「改憲・再軍備」をそのまま現在にもって来てあげつらうなんていうのは、もうナンセンスもいいところなのですね。

 鳩山も重光も岸も緒方も、みんな「改憲・再軍備」だった。
 でも、考え方はそれぞれに異っているのです。
 逆に言うと、こんな風にまったく肌合いが違う面々がみんな「改憲・再軍備」だったのかあ、という疑問があってもいいでしょう。

 その答えは、しごく単純です。
 独立後の日本に、相変らず外国の軍隊が大規模に、全国規模で駐留し続ける現実を、彼ら全員が「異常なこと」だと思ったからです(「全土基地方式」と言います)。
 鳩山・重光・岸・緒方・その他多数の見解が一致しているのは、不思議でもなんでもありません。
 今の政治家連中の多くが、この「異常」さに対して不感症になっていることの方がよほど不思議なのだと私は思います。

 問題に戻りましょう。

 以前の日本にとっては、敗戦以来の歴史の流れを「吉田ドクトリン」のパラダイムで把握することがそれなりに意味を持っていたかもしれません。

 しかし、「対米追随」が「改憲」を唱えている状況にある現在においては、そうしたアプローチは既に意味を失っています。

 kojitaken氏のおかしな理解とは違って、歴史というのは、常に現在から振り返るものとしてのみ可能です。これは、構築主義的な不可知論を主張しているわけではありません。歴史の出来事それじたいが、変化するわけではないからです。
 出来事の連続を、現在の視点で把握していく営為が歴史なのです。

 孫崎さんの『戦後史の正体』は、そうした意味で、ごくまっとうな歴史書だと言えるでしょう。
 吉田ドクトリンの示唆する「セット」ではなく、「自主独立」と「対米追随」という概念によって、歴史上の出来事をたどりなおしてみようという試みなのですから。

 kojitaken氏の『戦後史の正体』に対する否定的評価――実のところは誹謗そのもの――は、歴史というものに対する無理解に由来するのでありました。

 言うまでもありませんが、現行憲法に米国から「押しつけ」られた面があるのをいくら指摘しようと、それを理由に「改憲論者」だとレッテル貼りされなければならないイワレなどありません。

 kojitaken氏の場合、自分自身が個別の例に「改憲」のレッテルを貼っているのですから、それぞれの個別・具体的な態様を分かりそうなものなのに、いったんレッテル貼りを完了するやいなや、その概念を時空をこえてあまねく駆けめぐらせてしまうのですね。
 同じ「改憲」であるからには、安部晋三と同類項だろうと決めつけて、何の疑問も持たないようです。

 まったく、はた迷惑な議論もいいところではあります。

誹謗される『戦後史の正体』――「改憲」への洗脳だというトホホな評価

 孫崎享著『戦後史の正体』について私が書いた記事を批判(?)するトラックバックがつきました。(サイドバーのトラックバック欄に載っていますから、興味のある方はご参照ください。読んで損をしたというクレームには、責任をもって対応できませんので、あらかじめご了承ください)

 kojitaken と称する同じ筆者によるこんなのもあります。

 >メルトダウンする日本の政治/『戦後史の正体』その後

 以下に、これらについて私の考えるところを書いてみます。

 論点は二つあります。一つは、この人の議論全体に共通する欠陥についての私の考え、もう一つは私の記事について指摘されたいくつかに対する反論です。
 比重としては、前者が8、後者2くらいの議論になるのではないかという気がします。

 まず、この人の議論には、ちょっとついていけないなと私は感じます。
 中身のある話にしていけそうな気がしないのですが、その理由は、実に単純です。単純ながらも、まったく致命的だと私は思います。

 この人の議論は、レッテル貼りに始まり、レッテル貼りに終わっています。
 レッテルには実体がなく、空疎な妄想に過ぎません。空疎なレッテルについて、何万文字書きつらねようと、何も言ったことにならないのは勿論です。

 例えば、この人は、次のような言葉を使って議論を展開しています。

○小沢信者
○孫崎の信奉者
○改憲論者
○左派
○リベラル・左派

 たとえば、一番上の「小沢信者」。この言葉でいったい何を指しているのでしょう。
 可能性として、考えられるのは次のようなところですか。

 「国民の生活が第一」という政党の党員。
 同党のブレーン、その他関係者。
 同政党の支持者。
 ネットの掲示板などで小沢一郎支持の意見を発表する人たち。
 検察と小沢裁判に関心をもっている人たち。
 政治家である小沢一郎に期待する人たち。
 他に選択肢がないので小沢にしようかと考えている人たち。

 こんな風な様々な人たちを一括りにして「小沢信者」です。
 何よりも、なぜ「信者」という言葉を使わなくてはならないのか理解できません。
 想定できるのは、訳の分からない「悪意」だけです。
 まともな話など、とうてい期待できません。

 二つ目はさらにひどい。「孫崎の信奉者」です。
 孫崎さんの本を読んで、ためになった、啓発されたと思う人たちもすべてこれに相当するようです。普通に考えても、これを理解するのは難しいですね。20万読者のすべてを、なぜ「信奉者」にしなければならないのか分かりません。
 唯一、推測できるのは、自分とは考え方が違う相手だから、その考え方が気にくわないから――ということ。そういう人たちを「信奉者」と決めつけているのでしょう。

 こんな事も書いています。

読者をそれと意識させないままに「改憲論」の世界へと誘(いざな)っている。
(●左派による孫崎享『戦後史の正体』擁護論には苦しい論理付けが目立つ)

 表現はイロイロ変わりますが、同じ趣旨を何度も繰り返しています。
 まったく、根拠のないゴーマン以外の何ものでもありませんね(そのことに自分で気がついていないようです)。

 上の文が意味するところは、こうです。
 「ワタシ以外の一般読者は愚かだから、気がつかないうちに「改憲」すべきだと考えを変えさせられてしまうだろう」

 なぜ「意識させないままに」などということが言えるのか?

 愚かな一般読者に見えていないものが、自分にだけは見えていると思っているからです。
 しかし、なぜそんな超能力がこの人にだけ可能なのでしょうか。
 ごくごく普通に考えれば、こういう結論になります。
 この人には、他の人には見えないものが見えてしまう、ということ。
 一般には、幻覚といいますね。思いこみが強いあまりに、存在しないものも見えてしまうのに違いありません。

 以下も同様です。

実際。孫崎享の『戦後史の正体』を読んだ少なくない「小沢サハッ」がそれまでの「護憲派」から「改憲派」へと転向したと私は聞いた。
(●安倍晋三は5年前と変わらない。しかし世間が右翼化した)

 デタラメもいい加減にしておいたら、と言いたいところです。
 たぶん、この人の頭の中は妄想がかけめぐって、自分の思いたいことと現実との区別がつけられなくなっているようです。
 いったい、何を根拠にこんな判断ができるのか、「少なくない」というのはいったい何人規模なのか――当然こういう疑問が出てくるわけですが、どうやらそれ以前の話みたいです。

 「私は聞いた」そうです(本当は、聞いたことにしておきたいのでしょうけど)。
 何の責任もない言明だということは分かりますね。私にそう話した人の判断が妥当かどうかも分かりませんし、その判断の根拠ももちろん問われていないのです。
 で、それが単なるデマ、ガセネタである可能性は無視され、あるいは正しい情報ならそれとして確認することもしないまま、それをもとに議論を進めようとしているわけです。

 この人のいい加減な、誠実さの見られない姿勢は、別の記事でも明らかです。
 ただただ、誹謗中傷したい一心で、正確さが疑わしい情報をもとにして記事を書いています。

 >小沢新党「国民の生活が第一」が黄川田徹に送る刺客は「統一協会」会員の次女

 また、安部晋三の『美しい国へ』を読みもしないで批判したと平気で書いていました。
 こういう人間が否定的な評価を下している本なのだから、たぶん素晴らしい本に違いないだろうと思えてしまいます。

 私は特別なことは何も書いていません。
 『戦後史の正体』を読んだ結果として、改憲して米国の戦争にどこまでも付き合っていくべきだなんて方向に啓発されてしまう人がいるでしょうか。

 そんな風に『戦後史の正体』を読めてしまうkojitakenという人の読解力とは、どのようなものなのか。とても私の想像の範囲内ではありません。

 一番問題なのが「リベラル・左派」です。
 この人は、そういうものが存在すると信じてツユ疑わないようです。
 たとえば、こんなことを書いています。

社民党の党首ともあろう者が、知らないうちに改憲論へと読者を誘(いざな)い、岸信介や佐藤栄作に対してこれまで「リベラル・左派」が持っていた価値観を180度転回させる狙いを持ったこの本を手放しで礼賛している現実がある。
(●メルトダウンする日本の政治/『戦後史の正体』その後)

 これは、この人が勝手にそう思いたいだけです。
 いったい何を根拠に、そんな共通理解、価値観があったと断言できるんでしょうか。

 持ってくる典拠が、宮崎学だったりするのです。
 まことに結構、他には誰が「リベラル・左派」なの? そう聞きたくなります。

 こんなことも言っています。

孫崎享は、「リベラル・左派」の間で「全否定」が定着している「A級戦犯容疑者」・元首相岸信介への評価を180度転回させようとしている。
(●孫崎享と安保闘争をめぐる3人の方のコメント孫崎享と安保闘争をめぐる3人の方のコメント)

 いったい何を根拠にして“「全否定」が定着している”などと言えるのか、聞きたいものです。
 岸信介については、評価が「定着」していると言えるほど、研究も議論も尽くされていません。そんなことはない、というのなら、評価が「定着」しているというその学術論文なり、評論なりを列挙してほしいものです。

 すべて、この人のの勝手な思いこみに過ぎません。自分が考えているように、世間の他の人々が考え、それが「定着」していることにしたがっているだけです。

 もちろん、世間一般的な岸信介観というものはあるでしょう。岸は歴代の首相の中でも、特に嫌われた人のようですし。
 しかし、「リベラル・左派」を持ち出し、「全否定」の「評価」が「定着」している、と言えるようなものではありません。単に岸信介のソッパが気に障る、というくらいのものです。

 上杉慎吉を否定し、北一輝を肯定した点など、岸信介の思想傾向については、それなりに興味深いところがあります。しかし、本質的に岸は思想家などではなく、政治家です。
 好き嫌いは別の話。日本の歴史の転換点に立ち会っていた一人の政治家を、その限界のすべてを含めても、どうしたら「全否定」など出来るのか?
 「リベラル・左派」であれ何であれ、まともにものを考える人間が、そんな単純な考え方などするはずがありません。

 この人における、お得意の「リベラル・左派」というのは、いったい誰と誰と誰のことなのでしょうか。
 恣意的に何やらのグループが存在することにして、恣意的にそのグループの共通理解をでっちあげる。その上で議論をしていいのでしたら、なんだって言えることになります。

 「リベラル・左派」においては、アイスクリームはバニラに限ることが定着している――とかね。
 「リベラル・左派」たるもの、気がつかないうちにストロベリー・アイスを好むようにさせられるなど、もっての他だ――というわけです。

 私がkojitaken氏に忠告したいのは、こういうこと。

 岸信介を(プラス佐藤栄作でも何でもいいけど)もし「全否定」したいのだったら、自分ひとりの研究と考察を重ねた結果として、自分ひとりの責任のもとに、自分ひとりの判断として「全否定」したらどうなのか。

 それが出来ないままに、

“だって「リベラル・左派」ではみんな「全否定」してるはずだもーん”

 なんて駄々をこねるような真似をするのは、みっともなさ過ぎます。

 結局あなたは、自分の判断をすべて他人がしたことにしているだけですよ。
 そんな操作によって、判断の根拠も責任も曖昧にしたまま、その判断を根拠にした議論を展開しようとしているわけ。
 私の言っていることが、理解できるかな?

 これが、kojitaken氏への私のメッセージです。

 長くなりましたので、第2点については次の記事で書くことにします。

2012年10月14日 (日)

外務省の「謀略」――「北方領土」交渉において

 以前、「日米関係と『北方領土』問題――再び『ダレスの恫喝』」という記事で、日ソ国交回復について書きました。
 ソ連側から日本の予想もしていなかった「二島返還」の提案がなされ、松本俊一全権は「これで交渉妥結だ」と喜んで本国に報告するのですが、これが外務省によって握りつぶされてしまったのでした。

 あまり詳細にわたっても、ひたすら長文になってしまうので、その時にはふれませんでしたが、このあとの展開についてもう少し書いてみます。

 当時は鳩山政権の時代ですが、外務省は完全に吉田茂の意思で動いていました。いわゆる「Y項パージ」というやつで、吉田の意に従わない職員は辞めさせられるか閑職に追いやられるかのどちらかだったのです。

 吉田茂は日ソ国交回復に反対していましたから、外務省も鳩山の手足になって働くどころか、何かというと交渉を妨害することばかりやっていました。

 さて、松本俊一からの知らせを受け取った外務省・吉田局は、次のような行動をとりました。

  • 情報は、しっかり秘匿し、鳩山首相に伝わらないようにした
  • 新聞記者に、こんなリークを行なった
  • 「ソ連と交渉中のわが国政府は、従来よりさらに踏み込んで、択捉・国後・歯舞・色丹の四島の返還を要請する旨、ソ連側に伝えた」
  • (新聞は当然このリークをそのまま報道します)
  • リーク情報が、十分に浸透したタイミングを見計らって、松本全権からの報告を発表した
  • すなわち、ソ連が「歯舞・色丹の二島の返還」を提案してきたという報告です

 すごいですね。
 松本俊一からの報告は、一時的には発表を控えたものの、交渉場所のロンドンにも日本の記者が行っていますし、いつまでも抑え続けるのは不可能です。いずれは発表しなければなりません。そして、現に発表されたわけです。

 しかし、事情を知らない国民は、その発表をどう受け止めたか?
 私たちには、容易に想像がつくと思います。
 そうです。何のセンセーションも呼び起こさなかったのでした。

 この発表より一つ前の報道では、日本が「四島返還」を求めたとありました。
 ソ連の提案は「二島」です。日本の要求を受けいれずに、値切ってきたことになりますから、国民が「これで交渉妥結だ!」と喜んだりするはずもありません。

 時間的には前後しますが、松本全権は訓令の支持どおり、その後の交渉で確かに「四島返還」を日本の方針としてソ連に伝えることになります。
 ですから、外務省の発表には、結果的には何の虚偽もなく、すべては発表され、すべては思惑どおり、暗礁に乗り上げてくれたのです。

 しかしながら、前回の私の記事をお読みの読者にはお分かりのように、外務省が「四島返還」をリークした時点では、そんな方針は存在していませんでした。日本のもともとの方針は「二島返還」であり、ソ連の提案はそれに完全に合致していたのです。

 以上は、極秘情報でもなんでもありません。当時の新聞報道を、縮刷版で読めばすべて確認できます。当時の新聞読者が持っていなかった情報――松本俊一の『モスクワにかける虹』という本――を参照しながら、新聞記事を読めば、現在の私たちにとって真実は紛れもなく明らかなのでした。

 以上は、なんのことはありません。一つの「謀略」の例です。
 「謀略」が私たちとは無関係の話でないことを確認いただけるでしょう。

『戦後史の正体』――「陰謀論」ではなく「謀略」説

 長い文章を読むのが面倒くさい方のために、最初に書いておきます。
 孫崎享さんの本に関しては、タイトルのとおりです。この本は、「陰謀論」に分類されるべきではありません。「謀略」を論じた本です。

 また、孫崎さんは国家が「謀略」を行なう権利を否定していません。倫理的に糾弾するというようなスタンスとは無縁です。要は、相手国の「謀略」をしっかり見抜くべきで、それに翻弄されてはダメだというわけです。

 以下は、私自身のつらつらたる思いです。
    *    *    *    *    *    *    *
 「陰謀論」という言葉が一人歩きしています。
 世界中のあらゆる出来事を「ユダヤ」や「イルミナティ」の陰謀で説明しようとする言説がその一つだということになっています。
 「ユダヤ」や「イルミナティ」の動きについては、もしかしたら当たっているかもしれないものの、立証も反証も難しく、今のところできるのは聞き流しておくことくらいかと私は思っています。一般的にも、だいたいそんな位置づけではないでしょうか。

 ただ、この「陰謀」言説と「謀略」を混同してはいけません。
 「謀略」は実際に行なわれていますし、そのうちのいくつかは既に歴史的事実としての認証を受けています。

 ナチス時代の「水晶の夜」、レーニンをロシアに送った「封印列車」、ベトナムにおける「トンキン湾事件」等々を論じながら、現在とはまったく無関係のエピソードだとしか考えないのは見当が違っています。

 つまり、「謀略」というものについてまず第一に挙げなければならないのは、それが現在進行中の現実であることです。
 小説の中だけの話でもなく、現在と無関係な過去のお話でもありません。

 その第二は、「謀略」は国家対国家の次元だけでなく、国内の動きとしても存在しているということです。

 さて、「3.11」以後の日本で生活している私たちにとって、この「謀略」は既に目の前に露わな現実として立ち現れています。
 原子力発電は、事故など起きようがない「絶対安全」なものだと私たちは思わされてきました。これが事実と反しているのは、福島の事故で間違えようなく立証されてしまいました。

 「彼らは安全だと言っていたのに……」と思うのは当然です。
 事故を目の当りにした私たちは、振り返ってその「彼ら」にまなざしを注ぎました。そして、原子力を取り巻くある種の人間たちが、自らの利益のために私たちをコントロールしていたことに気づき始めたのです。
 彼らの行動は「謀略」そのものです。これが「謀略」でなかったら、「謀略」でないものなど何にもなくなってしまいます。

 この「謀略」に加わっていたのは、政治家・官僚・学者/専門家・マスコミです。

 原発の問題をたどっていくと、そこに海外諸国との関係が見え隠れしていることに気がつきます。
 最近の例では、原発ゼロの政府方針が英米仏からの圧力によって、閣議決定できなかったという報道がありました。大飯原発の再稼働を米国の防衛問題(!)専門家が「評価」したり、原発の維持を「勧告」したりしました。

 原発の問題を考えるためには、国内だけに眼を向けていても十分ではないようです。

 私たちは現在、そんな状況の中に、上のような認識を持ちながら、立っています。

 そういう認識を持って日本の現状を見ると、問題は原発にとどまらないことが、どんどん見えてきます。明らかに日本の――日本で暮らす私たちの――利益に反するような取りきめを政府は次からつぎへと行なっているのです。

 いちばん最近の例としては、こんなものがあります。

◆600億ドル拠出、正式合意=日本、欧州危機でIMF支援
 時事通信 10月12日(金)20時54分配信

 野田佳彦の現政権は最悪ですが、過去の自民党政権も五十歩百歩でした。
 
 いったい、なぜこんなことが可能なのか? あんなことが可能だったのか?

 ここのところを私たちが今しっかり見きわめないと、日本は本当に滅んでしまうかもしれない――という危機感が確かに広く存在すると私は思います。

 そんな状況の中で出版されたのが、孫崎享さんの『戦後史の正体』だというのが私の捉え方です。
 ここに登場する政治家の一人一人について、それぞれ数十冊の本が書けてしまうというスケールを扱っているのですから、孫崎さんの本に一定の限界があるのは当然だと思います。また、その歴史認識について全的には賛同できない箇所も、読者はいくつか見いだすかもしれません。
 しかし、肝心なのは学ぶべきものを学べばいいということでしょう。

 知られては困る側の人間たちは、こうした本に対しては、無視するか、誹謗するかどちらかでしょう。それが甚だしいほど、逆に本の価値が証明されるということになると思います。
 
 そんな訳で、もう少し『戦後史の正体』に関連して書いていきます。

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