フォト
2016年5月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
無料ブログはココログ

リンク

« 2012年10月21日 - 2012年10月27日 | トップページ | 2012年11月4日 - 2012年11月10日 »

2012年10月28日 - 2012年11月3日

2012年11月 2日 (金)

報道のダブルスタンダードと石原慎太郎の我欲論

 民主党・最高顧問の鳩山由起夫氏が、尖閣諸島の領土問題を認める発言をしたというニュース、その後どうなったのでしょう。
 マスコミは足並みを揃えて「日本の国益を損なう」などという思考停止の紋切型を振りかざしていましたが、明らかなダブル・スタンダードです。

 尖閣諸島が「日本固有の領土」であることは明々白々で、領土問題などないとするのが正しい対応なのだそうです。だから、問題が存在すると認めるのは「国益を損なう」こと甚だしいのだとか。

 おかしいですねえ。
 鳩山氏より少し以前、同じような話があったような気がするのですが、その時マスコミは「国益を損なう」行為だなんて、ひとことも言っていませんでした。
 そうです。石原慎太郎がルーピーだなんて、大手マスコミのどこかが書いていたでしょうか。

 私は、石原の方が数百倍悪質・有害だと思います。現実に、日本の企業に少なからぬ被害が発生しているのですし――。
 それをしっかり批判できず、建設的な発言の方にケチをつけている今のマスコミは、完全に存在理由を失っています。
 全国紙の不買運動を始めなければいけない時期に来ていると思います。

 ところで、この御仁、石原慎太郎が、しばらく前から何かというと「我欲・我欲」とのたまわっているのが、私には耳障りでなりませんでした。

 あんたは、取りあえずは小説家の端くれなんじゃないのか? そういう人間が、ひと様の行動を評するのにそう安易に「我欲」を云々するものなのか?

 四迷・漱石・龍之介は言うまでもなく、藤村だろうが白鳥だろうが、およそ近代以降の文学というのは、みんな人間の「我欲」と向き合ってきたのではないか――と私は思うわけです。

 別に難しく考えるまでもなく、人間というのはみんな「我欲」に突き動かされて日々を生きているものでありましょう。「我欲」がなくなったら、もうそれはニルヴァーナになってしまいます。

 石原慎太郎は、人間という愛おしくも愚かな「宇宙のチリ」の営みをまるごと否定するつもりなのでしょうか?
 そういうお前は、いったい何様のつもりなんだ? と聞きたいです。

 「我欲」の否定というのも、もちろんあり得ないわけではありません。
 でも、その場合の「我欲」というのは、自分自身の「我欲」です。

 他人の「我欲」が気にくわないのは、そう言っているやつ自身の「我欲」が問題なんです。
 他人の「我欲」ばかりが目について、自分自身の「我欲」に気がついていないヤカラを、エゴイストというのです。

 「欲」というのは英語の場合に明らかなように、現時点での「欠如」のことなんですね(「want」には「欲する」の他に「必要である」「欠如している」という意味があります)。
 自分の住まいに、ウィスキーでもブランデーでも、飲みたいものが何でもそろっていれば、わざわざ自動販売機の缶飲料を買いに行く必要はないかもしれません。

 しかし、それは「我欲」を超越しているからではなくて、そもそも「欠如」していないというだけのこと。別に「我欲」にとらわれない高邁な人格だからではないでしょう。

 石原の場合、自宅の飲み物は「欠如」していないかもしれないけど、他人への想像力も、自分自身の心に対する洞察力も、完璧に「欠如」してしまっているようです。
 こんな男に文学なんかやれるものでしょうか。

 実際、昔から文章の下手さ加減では有名でしたし、江藤淳からは「無意識過剰」と揶揄されていました。他者への想像力が本質的に「欠如」した物書きなのです。
 こんな男に、日本の政治を左右させてはいけないと私は思います。

2012年10月28日 (日)

極東の孤児では「安全保障」も心もとない

 日本の隣国は、まずロシア(近い順です)、韓国、北朝鮮、中国、そして台湾。

 台湾も北朝鮮も国名ではなくて地名ですが、細かいことはこの際おいておきます。

 ロシアは日本にとって“脅威”でしょうか。
 日米安全保障条約は、もともとソ連を仮想敵国として結ばれたものでした。1990年代に入って冷戦が終わるとこの想定は無効になってしまったので、はてこれからどうしよう、という模索がなされました。
 以前の記事にも書きましたが、結局、世界中に戦争を輸出するために貢献する条約という位置づけに落ち着いたわけですね。

 その“世界戦略”については、また別の話ということで、ロシアに限っていうなら、現在は脅威とは見なされていないことになっています。
 ただ、この国との間には解決していない領土問題があるのでした。

 韓国については、どうでしょうか。日本にとっての“脅威”と見なされているのでしょうか。
 ネット上のあちこちの掲示板などを見ると、韓国人はバカだチョン(この言葉に朝鮮人という意味はもともとありません)だと侮蔑的な書き込みがいくらでも見つかりますが、少なくとも“脅威”と見なしているようには思えません。

 そして台湾。
 友好的におつきあいしていけない国ではないはずですが、日本の方で国として正式に認めていないのですね。

 中華人民共和国です。
 経済的には、輸出でも輸入でも、もう切っても切れない関係にある国ですが、一部には日本にとっての“脅威”と捉えている人たちがいるようです。
 領土問題で些細なもめ事が紛糾すると、今にも戦闘を始めようと叫んだりしています。

 北朝鮮については、後回しにします。

 こうやって改めて見回してみると、こんなに孤立している国って――イスラエルを例外として――あるでしょうか。
 要するに、日本は隣国のすべてと良好な関係にないわけです。
 これは相当に異常なことだと考えるべきでしょう。

 たとえば、フランスが日本並みだったとしたら――
 フランスはドイツと険悪な関係にある。イタリアとも仲が悪い。スペインとは領土問題をかかえているし、海の向こうのイギリスとはお互いに国を承認していない関係にある。
 そんな事態を想像してみたらどうでしょう。
 フランスの「安全」は、相当にヤバイ状態にあるということになるに違いありません。

 国の安全保障の――つまり安全の――基本の基本は、隣国との友好関係であろうと私は思うのですが、これは特殊な考えでしょうか。

 まわりがすべて敵ばかりだったら、それこそ核兵器でも持たないことには夜もおちおち眠れません。つまり、イスラエルの路線です。軍備は最新・最強にしなければならないだろうし、軍の規模もいくら大きくしても十分とは言えないでしょう。

 戦争をしかけられたときにどうしたら負けないでいられるか、そればかりを追求していくなんて――要するにナンセンスです。

 こんな異常な状態からは、一日も早く脱さなければいけません。

 私は、まずロシアとの領土問題を解決すべきだと思います。
 択捉まで返してもらえれば大成功ですが、少なくとも2島を取り戻すことは可能なはずです。痛みを伴わない交渉しか許容しないとしたら、幼児的としか言いようがありません。

 ロシアとの領土問題の解決は、必然的に“現状”よりも、日本の領土を増やす形でなされることになります。
 また、解決ということ自体、中国や韓国との問題にまったく無関係ということはあり得ません。

 日本が隣国との領土問題を解決する強い意思を持っていることを、広くアピール出来ます。その上で、両国に交渉のテーブルにつくように求めるのは、現在のような無策の状態で求めるのと、まったく違うはずです。

 日本は、韓国に対しては「国際司法裁判所」への提訴を持ちかける一方で、中国には「領土問題は存在しない」と言って、話し合いに応じようとする姿勢をまったく見せていません。
 こんなダブル・スタンダードでは、韓国に対するアピールも決して強いものにはなり得ません。

 話し合いですべてが解決すると考えるのは根拠のない謬説だとする意見があります。
 これはある程度までは正しいでしょう。
 しかし、交渉ごとにおいて大切なのは、お互いへの信頼関係を厚くしていくことです。
 話し合いに応じる姿勢を示す重要性は、まずそこに求めるべきだと思います。

 ロシアの話に戻ります。
 現実に、日本がロシアと親密な関係を構築したら、極東での日本の発言権は今よりもずっと強いものになるでしょう。
 鈴木宗男氏の発言によれば、過去において、日本がロシアと接近している時期には、韓国でも中国でも日本に対する挑発的な行動が、明らかに抑えられる傾向にあるとのこと。

 逆に、米国の軍隊がいくら沖縄に居すわっていても、抑制効果はまるで見られないのが事実です。

 隣国がみな敵ばかりでは、太平洋の彼方の国に助けてもらいたくなるのも当然でしょうが、その構図には無理がありすぎると私は思うのです。

 そこで北朝鮮。
 北朝鮮の政権が日本という国を破壊したいと考えたとしたら、ミサイルを飛ばす必要なんかありません。数十名の工作員を潜入させて、手分けして十数機の原発を爆破でもすれば、それで日本は終わってしまうでしょう。莫大な予算を投入して「ミサイル防衛」なんか整備したって、ただの無駄使いに終わるだけです。

 しかし、“攻撃=破壊”こそ可能でしょうが、北朝鮮規模の国に、日本を“支配”することなんか出来るわけがありません。つまり、日本の資源――経済力なり技術力なり人材なり――を強奪すべく、侵略してこようとも、成功は到底おぼつかないということです。

 では、その資源を自分たちのものにすることも出来ないのに、ひたすら日本の破壊だけを望む、どんな理由が北朝鮮にあるでしょうか。
 そういうことがありそうだとする想定は、私にはかなりあやしいものとしか思えません。

 想定した“脅威”に対抗するために、ただただ防御を厚くしていくというのは、あまりにも馬鹿馬鹿しい選択です。いくら厚い鎧をつけようと、これで安心というレベルに達することはできません。
 やたら重たい鎧をつけたら、身動きは出来ない、引っ繰り返ったら重くて起き上ることも出来ない、そんなのが関の山だと思います。

 唯一可能なのは、相手にとって必要な存在になることです。好き嫌いが問題になるべき話ではないでしょう。日本の取るべき道は、北朝鮮とどんな風に密接な関係を築けるかを探していく方向にあろうかと私は考えます。

« 2012年10月21日 - 2012年10月27日 | トップページ | 2012年11月4日 - 2012年11月10日 »