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2012年11月18日 - 2012年11月24日

2012年11月21日 (水)

「脱原発」の意味

 私などが言うのも口幅ったいのですが、「脱原発」を志向することの意味について書いてみたいと思います。

 今度の選挙は、原発の維持・廃止が最重要の争点です。マスコミが極力これを曖昧にしようとしていますが、このことをしっかり確認しておく必要があります。
 誰に投票するか、どの政党を支持するかを決定するに当たっては、これを最優先のバロメータにしなければいけないと思うのです。

 いま問題にしなければいけないのは「定数削減」でも「財政健全化」でもありません。
 最重要課題は、「脱原発」です。
 「脱原発」を明言しない人・政党には絶対に投票しない――これがただ一つ可能な選択肢だと私は思います。

 なぜかと言うと、マスコミなどが伝えているのとは全く逆で、原発を廃止しないのは、現実的ではないからです。

 「脱原発」の問題意識を持っていない政治家は、現実から目をそらしているのであって、これはとんでもない無知か、許し難い欺瞞以外のなにものでもありません。
 現実を認めず、それにまともに向い合おうとせずに、有効な施策など出来るでしょうか。
 非現実的な前提から提言される政治が、私たちの社会をよりよいものにしていける筈がありません。

 なぜ、「非・脱原発」が「非・現実的」なのか?
 原発を稼働させれば「放射性廃棄物」が増えていくからです。
 処理が出来ないまま、ため込まれた「放射性廃棄物」の量は既に限界に近づいていて、これ以上増やすことなど出来ません。

 2030年代どころの話ではなく、放射性廃棄物の処理は今・現在に喫緊の問題です。
 処理方法は現在のところ存在していません。
 処理を先送りするための手段としての「地層処分」も、地震が頻発する日本では可能な場所がないことが既に明らかになっています。
 これ以上――原発を運転して――廃棄物を増やすことなど出来ないのは明白なのです。

 原子力発電のコストが云々されていますが、推進派の議論は根本のところからナンセンスです。発電のための一連の工程を全体として捉えたところからでなくては、そもそもコストをはじき出すことなど出来ないはずです。
 発電の結果として生み出される廃棄物を処理する部分までを含めて、はじめて「コスト」が計算できます。この工程については、目をつぶって、まるで存在しないかのように見なさなければ成立しない議論はまったくのナンセンスでしょう。

 原発については、現実的な問題は明白です。
 これから、どのように廃炉を実現していくか――これが私たちにつきつけられた課題です。

 そして、福島の現場をどのように収束させていくか。
 無責任な話をするつもりはありませんが、収束が本当に可能なのかという次元の疑問すら私は抱いてしまいます。この困難さについての情報が、まるで聞こえてこないのが不思議に思えてしまうのは、単純に私の無知のせいでしょうか。

 被曝の安全基準が決まっているわけですから、そう遠くないうちに作業員のなり手がいなくなってしまうのではないか――そういう疑問があります。
 食品の安全基準同様に、被曝の許容範囲が青天井で上げられていくというような展開をどのようにしたら回避できるか、そうした議論が真剣になされなければならないと思います。

 自民党や公明党の政治家にとっては、福島の問題は、尖閣諸島の「領土問題」と同じで「存在しない」ことになっているようです。
 こういう人たちに政治のリーダーシップをとらせたら、日本は滅亡してしまうでしょう。そんな結果にならないように、国民の意思が結集されなければならないと私は思います。

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