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2013年9月15日 - 2013年9月21日

2013年9月21日 (土)

バカ/思考停止/無責任

 ブルーはーとさん、こんにちは。
 ブログ記事いつも読ませていただいています。
 それにしても――ブルーはーとさんは、私に比べるとずっと寛容なのでしょうか。
 私だったら、在特会なんてハナから問題にする気になれません。何を言ったって、理解できない輩なんだから、話にならないです。
 それとも、彼等の聞く耳なんかどうでもよくて、黙っていてはいけないという選択が殆どなのでしょうか。

 このごろ私は、けっこう真剣に「バカ対策」ということを考えるようになってきました。そして、「どのようにしてバカに分からせたらいいのか」という観点から、最近では「分からないバカをどうしたらいいのか」という方に考えの比重が移ってきています。

 いきなり、バカ・バカを連発すると、「いったいお前は何様のつもりだ。そういうお前自身がいちばんのバカなんじゃないのか?」と言われそうです。
 実は、私の使う「バカ」という言葉の意味は、少々敷衍すると「思考停止+無責任」であったりするのです。
 完璧に大衆をなめきった政治家ほどには、シニックになりきれないのが現在の私です。そのうち、完全犬儒派に転向してしまいそうな気分ではありますが、取りあえず今のところは、まだそこまでは行っていないみたいです。

 たとえば、自分は「機械オンチ」だという人がいますね。
 そういう人に、私は「機械に限らない“理解オンチ”なんじゃないですか?」と言いたくなってしまうのです。

 自称「機械オンチ」の方々は、それを自称することによって――暗に――何を言っているのかというと、「私は機械“には”うとい」――言い換えると――「機械以外のものにはうとくない」と言っているんです。

 たかだかラジカセを相手に「機械オンチ」もくそもあるまいだろうと思ってしまうんですけどね、そんなのもいます。

 機械の困ったところは、ちゃんと作動するかどうか、議論の余地なく結果として出てしまう点にあります。分かったつもりでいても、本当に分かっていなければ、しっかり動いてくれません。
 その白黒はっきりした現実に向かい合いたくない、操作方法を理解しようと努力しても理解できない自分の無能力に直面したくない、それで、最初から「私は機械オンチだ」といって、そのテスト自体から逃げてしまう――
 こういうのが、機械オンチを自称する人たちの実態だと思います。

 機械相手がダメで、他のことがらに限って、抜群の理解力を発揮できたりし得るでしょうか。どうせ、他のことだって同じなんです。ただ機械相手のように、白黒はっきりしたテスト結果を免れやすいというだけのことです。

 とまあ、やや意地の悪い書き方をしてきました。
 実際のところは、ほとんどの皆様方、ラジカセの操作くらいマスター出来ないはずはない、と私は思っています(ここがそもそもの大甘なんですかね)。
 多少の遅疑逡巡・試行錯誤・暴走逆走・ドタバタがあっても、本当にその気になりさえすれば、たいていの人にラジカセくらい動かせないはずがないでしょう。
 (ラジカセに限らず)ほとんど一瞬にして分かってしまう人もいれば、マスターするまでに手間がかかる人もいるかもしれない。その差を人前にさらすのがイヤで逃げるという面もあるでしょう。
 でも、いずれは全員が操作をマスターできるだろう――そう私としては理解しているわけです。

 「機械オンチ」は“たとえば”で持ち出したのでした。
 “たとえば”の話で、何がいいたかったのかと言うと――
 私の指摘する「バカ」とは、能力の問題であるよりも、意志の問題――さらに言うなら、誠実さ・責任感の問題であるのです。

 最初から「それは私の考える問題じゃない」と決めつけてしまうのは、無責任です。
 何か、少しでも頭をひねらなければならないことに直面すると「自分とは縁のないムツカシイ問題」にしてしまう。分かろうと努力しない。考えようとしない。

 原発の再稼働でも何でもいいです。こういう争点を前にして、「ムツカシイことは、自分には分からない」と言って逃げる人が沢山います。
 ムツカシクても何でもいいから、まず自分の頭で考えてみてよ。
 それをしないのは、無責任というものではないんですか?
 
 そういうのが、非常に多いと思います。多すぎます。
 ありとあらゆる場面でそうなんです。

 私は、バカを連発しましたが、文句があるなら、今後いっさいこの単語を使わなくてもいい。バカの代わりに使うとしたら、「卑怯者」であり「無責任」であろうと思います。

 まあ、まだしばらくは、バカ・バカと言い続けるでしょうけど――。
 上のようなことが念頭にはあるのでした。

2013年9月17日 (火)

マスコミの犯罪――汚染水もれの報道

 脱力してしまう話ばかりのこのごろです。
 安倍晋三は、バカなのか嘘つきなのか――まあ、両方であっていけない理屈はありませんが――。いずれの場合も「想像を絶する」とか「途方もない」とかいう形容詞が頭につくシロモノです。
 どちらにしても始末におえないのに違いはないのですが、ただこのウソは決して個人の資質に関わることではなくて、もっとずっと構造的なものなのでしょう。

 参議院選挙が終わった途端に、汚染水もれの問題が大きくクローズアップされました。
 これを、自民党政権が福島の現実に向い合い始めた兆しだと捉える意見をあちこちで目にしましたが――「後知恵」と言われようとも――とんでもない見当違いだと断言できます。
 
 汚染水もれで騒ぎ立てたマスコミは、あたかも福島原発事故での唯一・最大の問題がそれだという流れをでっち上げるのに成功しました。
 そのあとで、安倍晋三が「0.3kmへいべい」に汚染水を封じ込め、完全な管理下においているというウソっぱちを表明したのでしたね。

 汚染水による海洋の汚染ももちろん重大事ですが、ことはそれにとどまらない。
 大気だって大地だって、大いに汚染されているわけです。
 SF映画などに出てくるように、汚染地域をドームで覆い尽くし、すっかり「隔離状態」にでもすれば違いますが、そうでもないかぎり大気を「封じ込め」て管理下においているなんてウソは、いくらなんでも言えません。

 もちろん、重油漏れを封じ込めるのとは違って、港湾の海水を完全に隔離するなんて、そう簡単にできるわけがない。海底まで届く完璧な防壁と、波が乗り越えることのできない海上部分が必要です。安倍晋三が世界中に広言したのは、確かにウソに違いありませんが、大気の封じ込めよりは、口にしやすいウソでありました。
 そのウソを可能にするための――伏線としての――キャンペーンが、参院選以後の空騒ぎだったのではないかと私は思うわけなのです。

 要するに、マスコミが相当ひどい状態にあるということ。
 これは、既に多くの人が指摘していることですが、いくら強調しても強調したりないくらいの重大事です。
 マスコミは、権力とズブズブどころではない、一心同体、その一部分そのものだと考えなくてはいけないでしょう。マスコミの犯罪を云々するのを、陰謀論の一種のように否定するのは、事実に目を開いていないからこその無知か、故意による誘導です。
 少なくとも全国紙など、絶対に購入しない。テレビもスイッチを消す、これを徹底する必要は、ほとんど国民の義務と言ってもいいようなものではないでしょうか。

 私の周辺では、この間も「東京オリンピックまで生きていられるようにお互い頑張りましょう」なんて言っている高齢者がいました。
 いったい、こいつは何を考えて生きているのか、と――それが失礼に当たるのか、self-righteous な傲慢なのか知りませんが、実感として避け得なく思ってしまうのでした。
 
 こういうバカどもが、日本の国民の土台の部分にドッシリと存在してしまっているのではないか、そういう疑いを持ち始めています。

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