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2015年9月17日 (木)

安全保障を真剣に考えない政治

 ずっと劣等生だった奴にとっては、前から言ってみたかった科白なのかもしれません。
 「考え抜いた」結果があの法案なんだそうです。
 一夜漬でつくったものならまだしも、考えに考え抜いた結果が、あんな風に穴ぼこだらけだとしたら、本人も周囲も、よほどバカものばかりなのでしょうね。

 さて、話の続きです。
 この国は、もう弥縫策ではやっていけないほどこわれていると私は思います。
 昔、「戦略的思考」なるものをブチ上げていた岡崎某とやらがいましたが、何がいいたいのかと思ったら、日本はひたすら米国の言うがままになっているに限るとのことでした。それが「戦略」なんだって、さ。

 今回の安全保障をめぐる法案では、親分の言うがまま何でもやる姿勢を世界中に示すのが「抑止力」向上の唯一の策、というのが政府の言い分です。
 なんとまあ下卑た根性でしょうか。私は日本人として、恥ずかしくてなりません。

 まあ、百歩ゆずって――それでも私ひとりとしてはいやですが――恥ずかしくてもそれで何か御利益があるのなら、まだマシというものです。
 ところが、実は親分の方には子分の幸福・安寧に対する顧慮などまるでないので、まったく話にならないのでした。子分の持っているものを何から何までむしり取ることしか、親分の念頭にはありません。その結果子分がボロボロになった時には、捨てればいいだけとでも思っているようです。

 安倍晋三いわく、安全保障ではあらゆる可能性に対処できるようにしておかなければならない、とか。
 それなら、米国ともう一回戦争することは想定されているのでしょうか。
 いざ戦争しようというときに、なにもかも相手に筒抜けだったら、始める前から負けではありませんか。

 だいたい、米軍抜きで独立した作戦行動ができるような指揮系統など今の自衛隊に存在しないでしょう。
 米国としては、自分たちの下部組織として活用できさえすれば十分で、いいように使い回せることしか望んでいない。そして、日本の側の売国奴どもは、その期待に全面的に答えて、覚えめでたくあればいいだけ。日本のために何が求められているのか、「考えぬく」気などまったくないのです。

 そんなことでいい訳がありません。
 何が「緊密な協力」だ、ふざけるのもいい加減にしろと言いたいです。
 そんな方向に自国の安全保障を進めていくことが、どれほど異常であるか。そんなことも分からない馬鹿者どもが日本の政治をまかされている。その途方もない異常さに気づけないでいられるのが、私には理解できません。

 とりあえずのところ、別に米国との戦争に備えておけと言いたいのではありません。
 いちおう、と言っておきますが、自衛隊については、日本国民はその行動を左右出来ることになっています。
 それに対し、日本国民は米軍の行動をコントロールする権利も制度も持っていません
 自国の軍(そう言っておきます)が、完全に国民のコントロール範囲外にあるものに、指揮系統もなにも丸ごと組みこまれてしまうのですから、これは亡国そのものです。
 何が「日本を取り戻す」だ。ふざけるんじゃない、重ねていいたいのでありました。

 そこで、自衛隊の存在が違憲か合憲かという話。
 これは、議論の前提にこそなれ、議論のテーマそのものにするようなことではありません。多少とでも、脳みその働かせ方を知っている人間にとっては、違憲という以外の結論が出るはずがないのです。
 自衛隊を合憲とするのは、真正のバカか、結論から先に出発するインチキさん。吉田茂の言をもじっていうなら、曲学阿政の御用学者――もともと米国に言われて作った自衛隊だという事情を反映させるなら、曲学阿米の輩とその金魚のふんといったところでしょう。

 自衛隊が違憲であるとしたら、それをどうしたらいいのか。そこが問題なのです。
 で、そこについてなら、確かにいろいろな議論があり得るわけです。
 違憲だから、廃止する/災害救助などに特化した組織として再編成する
 といった方向がある一方で、
 違憲だから、憲法を変えて合憲にする、という選択肢もあります。

 で、腹の底では違憲だと思っていても“戦術上”の必要から、当座は問題視しないようにしてきたのが、従来からの「護憲左派」だと言っていいでしょう。
 本来なら、明らかに不健全な現状態を解消するために、国民が「選びなおす」のが筋なのです。しかし、そういう場を設定すると、(現状から察するに)とんでもない方向に国民が誘導されてしまう公算が大きい。だから、問題として持ち出すのはやめておこう――というわけです。

 これは、現状認識としてそう突飛だとは私自身も思えないのが苦しいところですが、決して褒められた話ではありません。
 存在しないものについては議論しようがなくて、逆に自衛隊について論じようとすることが自衛隊の存在を認めた意味になる――それを避けたくて、見ないふりをする。自衛隊など存在しないようなふりをする。安全保障についても、まともに議論しようとしない。その結果として、安全保障と言えば日米「同盟」しかないと言い張る輩ばかりが横行する風潮になっていったのです。
 上に書いたような、自衛隊と米軍が一体化してしまうような亡国事態を招いてしまった原因の一つが、護憲派の「見ないふり」路線にあるのは間違いないと思います。

 一方、右派の安全保障論は、希望的観測を根幹とした空論にすぎません。
 彼らの言うところによれば、親分に対する日本の滅私奉公ぶりと親分子分の“親密”ぶりを世界中に見せつければ、最強なる親分の影におびえて、どこも日本に手を出してくるはずがない。

 いわゆる「抑止力」が増大する、というわけですが、この抑止力への絶大なる(そうあってほしい願望だけに支えられた)信仰は異常すぎます。

 「抑止力」があるから、北朝鮮はミサイルを撃ってこない――ゆえにミサイルが日本に届いた場合を想定する必要などない、と国会でも言ってしまいました。ミサイルが発射されたらどうするのか、それを考えるのを頑強に拒否するのが、安倍政権でした。

 なぜ、日本をミサイル攻撃する前に、米艦を攻撃しなければいけないのでしょう。そういう作戦があり得ないとは言いませんが、それ以外にありようがないと思いこむのは何なのでしょう。
 ミサイル防衛が完璧に日本を守りきれるはずなどありません。向うは発射したミサイルのすべてが命中する必要はまったくなくて、数十発を撃って、そのうちの二、三発が当たればいいだけです。原発が54基もある日本はそれで終わりです。

 原発が出てきましたが、政府の安全保障論は「原発神話」とまったく同じ構造になっています。原発は、事故などあり得ないから対応もしないと言い張っていたら、現実があっさりそのバカさ加減を露わにしてしまいました。

 山本太郎議員が、国会の質疑で(NHKの放送でも)日本の軍需産業日米地位協定に言及しました。これまでの野党国会議員の有象無象たちが、とっくの昔にやっておかなければいけなかったことを1年生議員が始めてくれたわけで、画期的なことだと私は思います。
 しかし、知ったかぶりをするつもりはないのですが、そうした言及が国民の多くにとって脈絡のよく分からない話だったことは想像に難くありません。よく言った、と思った人たちも多数いただろう一方で、なんだか突飛もない話をいきなり出してきたと感じた国民がそれ以上に存在したと考えられるのです(まあ、さらに多くはその言及のあったこと自体に無知なままでしょうけど)。
 
 この状況を変えない限り、日本は終ってしまうでしょう。
 違憲論を論じるのもけっこうですが、日米「同盟」の虚妄をもっと直接に厳しく追及する必要があります。そうした議論をどんどん発信していく必要があるのではないかと私は思います。

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コメント

TB、有難う御座います。
どうも、皆さん大きな誤解をしているが、国家にとっての最大の安全保障。基本中の基本とは食料の自給ですよ。実は大日本帝国はほぼ自給していたし、1960年代ごろまでなら80%を超えていた。
自給率が40%など、香港とかシンガポールのような特殊な例を除けば、我が日本国だけの話。
今の日本ですが、逆立ちしても戦争は不可能なのです。
この事実は本物の戦争を知っている野坂昭如の様な世代なら常識なのですが、今の飽食の日本では誰も考えない。まあ盲点の様な話なのです。
野坂昭如の「火垂るの墓」ですが、あれこそ真実の戦争なのです。
最初、主人公の少年はアメリカ軍のB29の爆撃を恐れるが、最後の方では空襲を待ち望むのです、
駅頭で餓死するのは戦争が終わって日本に平和が来た後だった。一般庶民にとって本当に恐ろしいのは爆弾では無くて、飢餓なのです。この事実は『天高く馬肥ゆる秋』で、匈奴が万里の長城を越えて侵入する2000年前の昔も、現在も同じ、少しも変わっていないのです。

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