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2015年9月14日 (月)

拝啓 山本太郎様――米国の日本防衛義務をつくべし

 先月、8月27日に次のようなメールを書いた。
 宛て先は、山本太郎事務所。
 山本さんあてには、おそらく山のようなメールが来ているのだろう。自動返信はあったが、これまで特に返事はもらっていない。
 近いうちに、ブログ記事を1本追加したいと思っているのだが、その前に、こんなものを書いていると紹介したくなったので、転載しておく。

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 少々長めの文章になってしまいましたので、最初に議論の肝心な点をまとめておきます。

○現在の日米安保条約では、日本の安全保障には不十分なのか

○日米安保条約が米国の日本防衛をしっかりと担保しているのなら、これ以上の奉仕をする必要などないはずである

○米国が日本を防衛する義務は、米国の気分などに関係なく、しっかり条文上に規定されているのではないのか? それとも、米国政府のご機嫌次第なのか?
※これが問題です。これを安倍政権に問うべきだと私は思います。

○安保条約・第5条は、日本が攻撃を受けた際に米軍が自動的に出動するとは規定していない

○「後方支援」を担当するなどして米国への奉仕を増大していけば、日本がより安全になると政府は主張しているわけだが、その根拠は何か
※これも、政府に問いただしていくべきだと思います

 さて、本文

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 拝啓 山本太郎様

 いてもたってもいられない気持ちに駆られて、メールさせていただきました。

 国会中継を見ていると、なんのタクティクスもなく漫然と質問をしているとしか思えない野党議員が多くて、そのだらしなさには腹が立ってなりません。
 なんとまあ、緊張感に欠けた質問のオンパレードでしょうか。質問をぶつけるに当たっては、当然のことながら、相手がどのような答弁をしてくるのかを想定してかかるはずです。そして、その答弁に対してどのように畳みかけていくか、そういう戦略を最初に立てた上で、質問にのぞむべきではないでしょうか。
 ところが、そういう組み立てをしっかり考えることもなく質問し、結果として、毎回毎回同じような答弁、衆議院のときから何遍となく繰り返している文面の棒読みを引き出すに終っている例が、あまりにも多すぎます。戦争法案を廃案に追い込む気が本当にあるのか、智恵も気魄も感じられません。

 そうした中にあって、山本さんは数少ない例外のお一人と言っていいでしょう――他の野党議員とは違って、毎回核心に迫る質問をされています。
 私は、以下に述べるような追及をしていただきたいと思って書き始めています。

 これまでの論戦を振り返ると、野党からの攻勢は、「憲法違反」の法案であるから引っ込めるべきだということが基本になっています。
 たとえば、政府がどう詭弁を弄そうとも「後方支援」が「武力行使」に他ならないことを明らかにし、憲法はそれを禁じているので、法案を廃案にすべきだというわけです。
 この主張自体は間違っていません。しかし、問題の核心には届いていないのです。

 問題の核心に迫るには、とことん本質に立脚した議論をする必要があります。

 まず申し上げると、自衛隊の存在は憲法違反そのものです。日本国がこれまで維持してきた建て前がどうであろうと、9条は、武力の保持をはっきりと否定しています。正当防衛の法理とかとか、苦しい理屈を持ち出して、自衛隊が合憲であるとしてきたわけですが、これは小学生でも分かるインチキです。

 自衛隊が日本にとって必要であるかどうかを問題にしているのではありません。
 法の論理から言って、違憲であるのか、合憲であるのかです。
 これは立場の相違にかかわらず、まともに考える限り違憲という以外の判断は不可能であろうと思うわけです。

 この明らかな憲法違反を「合憲」だと無理やり通してきたのがこれまでの日本です。
 そして、今国会で論戦を挑んでいる政党は、一様に自衛隊が合憲であると認める立場から様々な主張を繰り広げているのです。
 自衛隊という明らかな違憲を一方で肯定しておきながら、今回の法案が違憲であるから廃案にすべきだと言っているのですから、何を言おうと説得力などありません。

 誤解のないよう、ここで申し上げておきますと、私は政府の言い分などまるで信じていません。今回の法案は、米国政府を経由した軍需産業の注文を受け容れるための法案にすぎないと考えています。
 しかし、論理構造を問題とするなら、憲法違反であることをもって、廃案の根拠にするような議論では、破壊力を全然持たないのは明らかだと思うのです。
 政府が主張する論理――「安全保障環境の変化」と法案の可決による「抑止力の向上・日本の安全保障の強化」――を前提として受け容れてしまうなら、それが憲法違反であることを理由として廃案を求めても本質的な議論は構築できないからです。

 安倍政権は、憲法違反など何とも思っていません。「法的安定性なんか関係ない」というのは、本音そのものでしょう。
 そういう彼らに、法案が違憲であることをいくらぶつけても、カエルの面に水でしかありません。なんのインパクトもない。
 たたくべきなのは、彼らが主張する「抑止力の向上」と「安全保障の強化」でなければなりません。そして、そのための方策として彼らが持ち出してきた「米国の下請仕事の増加」が、その処方箋として有効であるかどうかを突いていく必要があるのです。

 いみじくも――いけしゃあしゃあと、鉄面皮にも――安倍晋三が言っていました。従来の対応に固執して、状況の変化に対応しようとしないのは、政治家として「無責任」である、と。
 まあ、よくも言ったものだとは思います。こんないい加減な主張に、まともに付き合う必要など本当はありません。しかし、政治は戦いです。安倍のこの言葉を、正面から受けとめて、完膚なきまでに叩きつぶさなくてはならないのです。こんな主張をそのままにして、違憲をいくら論じても、この売国政権にダメージを与えることはできません。

 現実が対応を求めているのに、それをまったく不問に付して、憲法との整合性にだけ拘泥する主張は、現実に向き合おうとしない主張になってしまうからです。(安倍の主張をそのまま放置する――反駁しないことをもって肯定してしまう――なら、形の上では、そういう風になるという意味です。だからこそ、ここを直接たたかなければならないわけです。違憲論自体を私は正しいと思いますが、それでは安倍が言う「無責任」のそしりをまぬかれえないと思うのです)

 駝鳥は危険な状況に陥ったとき――本当にそうなのかどうかは知りませんが――頭ひとつだけ入るほどの穴を掘って、自分の頭をその中に入れ、安全な場所に隠れたつもりになるのだそうです。合憲かどうかにばかりこだわって、国際情勢の変化に対応するかどうかについては考えようとしない野党は、この駝鳥の愚かさに陥っていることになります。
 政府の「情勢論」「防衛論」を受け容れた上で、ただ憲法論議に終始するだけであるなら、国民から本当の支持を得ることなどできないと私は思います。

 私が言いたいのは、本丸は政府の「防衛論」であり、それを粉砕しないことには、勝利は得られないということです。
 今回の法案を破壊するためには、憲法論議をはなれて、相手の土俵において勝負する必要があるのです。
 政府の「防衛論」を粉砕し、米国への奉仕拡大が日本の安全保障に資するというデタラメをまっこうから叩きつぶすのが、いちばん肝心だと考えるのです。

 これまでの日本は1970年以来、日米安保条約を真正面から取り上げて論戦するということをしてきませんでした。千載一遇という言葉がありますが、今回たいへん貴重な機会が与えられていると考えるべきではないでしょうか。

 私が、今回ご提案したいのは、そういう土俵で安倍政権を木端微塵に打ち砕くことこそを、明確な方針にしていただきたいということです。

 さて、具体的な質問事項です。
 私の知る限りでは、日米安保条約をとことん問題にする方向から質問している議員はこれまでいませんでした。
 追及するべきは「現在の日米安保では不十分なのか」どうかです。

 安倍政権の主張は――こここそが「国民の理解がすすまない」理由の根本なのですが――現在以上に、米国への奉仕を増大する必要があり、それによって日本の安全保障がより確実にされるというものです。
 これまでの奉仕にとどまらず、武器弾薬の提供やミサイル・核兵器の運搬までしないと日本の安全のためには不十分であると言ってるわけです。

 それならば、現在の日米安保条約では、米国による日本防衛は担保されないというのでしょうか。さらに奉仕を増やしていかないと、米国は日本を守ってくれないとでもいうのでしょうか。

 もし、日米安保条約が米国の日本防衛をしっかりと担保しているのなら、これ以上の奉仕をする必要などないはずです。
 一方、安倍政権の言うところによるなら、日本を防衛するかどうかは、米国の機嫌次第、その胸先三寸にあることになります。果して、そんな安保をこれまでずっと維持してきたのでしょうか。

 米国が日本を防衛する義務は、その時々の米国の気分などに関係なく、しっかり条文上に規定されているのではないのか? それとも、米国政府のその日のご機嫌次第なのか?
 これが問題です。これを安倍政権に問うべきだと私は思います。

 もし、安倍政権が現在の日米安保では不十分であると認めるとしたら、これは大問題になります。1960年から現在に至るまで、日本政府が言ってきたことが明確に否定されてしまうからです。
 もし逆に、不十分ではないと言うのなら、現状以上の奉仕をする必要などないはずです。ご機嫌をとろうがとるまいが、米国が日本を守ってくれるのなら、わざわざ余計なことをしないのが――余計な費用が増えるのは間違いありませんから――日本の国益というものです。

 さらに、日米安保の本質に迫る方向での追及もしていくべきでしょう。
 安保条約の第5条に関わってきますが、日本が攻撃された場合に、米国が自動的に防衛に協力してくれるかどうかです。
 以前、尖閣諸島における米国のコミットメントが問われたとき、オバマが「尖閣諸島は安保条約の適用対象である」というようなことを言って、大統領様がはっきり言明してくださった、と日本のマスコミが大喜びしたものでした。
 尖閣が中国から攻撃されたとき、米国が出動してくれると勝手に受けとめたのです。しかし、オバマは適用の対象だとは言いましたが、米軍が参戦するとは言いませんでした。そしてまた、適用対象であるのは、ずっと以前からそうであって、現在も何の変わりもないというような発言をしたのでした。

 米国は、5条に基づいて必要な手続きを開始する義務はありますが、その結果として参戦するかどうかは保証のかぎりではありません。
 この点を安倍政権に迫っていくべきだと私は思います。
 たとえば、日本が中国から攻撃を受けたとき、米軍が必ず防衛出動することになっているのかどうか。そして、その根拠はどこに示されているか。
 ここを厳しく追及する必要があるでしょう。

 問題にすべき点は、まだまだ沢山ありますが、あまり長くなりすぎてもいけないので、今回はそろそろ終わりにしたいと思います。
 ただ、最後に肝心かなめなことを一つ書いておきたいと思います。

 例は数限りなくありますが、安倍晋三は問われていることとはまったく関係のない答弁をしたり、はなから答えるのを拒否したりしています。
 先日の共産党某議員は、自分の質問に「総理からは答えていただけませんでした」などと言って引き下がっていました。これは絶対に譲ってはならないところなのにです。

 こういう時には、明確に答弁するまで審議を継続できないと頑強に突っ張らなければいけません。茶餉台返しをする気魄が求められるのです。
 こんな風にたたきつけなければいけません。

《私は一個人として質問しているわけではない。国民を代表して質問しているのだ。国民には知る権利がある。国民が知るべきことを知り得るのを前提にして民主主義が成り立っているのだ。何も答えないですまそうというのなら、国民はいったい何を材料として判断すればいいのか。
 総理の答弁拒否は、国権の最高機関である国会の否定であり、到底容認できない。私の質問にしっかり答えるか、さもなければ――審議の継続が不可能になるのだから――法案を取り下げるべきである。
 委員長は、その役職の責任をもって答弁を確保しなければならないはずだ。》

 表現はいろいろあり得るでしょうが、断固として答弁を要求する姿勢を貫く必要があると私は思います。机をがんがん叩いてでも、主張すべきを主張しなければなりません。

 長文、失礼いたしました。
 稚拙な文章かとは思いますが、主旨をくみ取って、この先の論戦のためにご参照くださいますようお願いいたします。

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